元ヤン介護士の知佳のブログ

当ブログは創作小説及び実話集がメインとなっています。

残照

廃屋となったバンガローへの道 元来男とは前途洋々一国一城の主を夢見てそれに突き進む。 その完成形を第一のお宝とするならば第二のお宝は玉であろうか。


 北里新三郎の場合その玉が沙織だった。
ところが沙織は己の居場所の不安定さから夫や家族に知られぬよう誰彼無しに助けを求めた。不幸にもその相手は未だ拝んだことのないほど気高い玉を求めていた。行難快癒と見せかけ沙織の奥底に、それと悟られぬよう教祖様直伝の玉を仕込んで放免したのである。


 研究所からの連絡は北里新三郎が期待した日に来なかった。
数日が空しく過ぎた。
---私は間違っていたんだろうか。もし結果が悪い方に出た場合沙織が去るようなことにでもなったら・・・。


 男として不具者であるかの如く - 思い違いであったとしても -  追い詰められ妻である沙織の不貞の調査を依頼していた。今日まで貞淑な妻と一方的に思い込み棲み暮らしてきたが、東大卒の研究者としてのプライドにかけて望んだこととはいえ我が意に反し不貞を働いたかもしれないことをこの期に及んで責め、手元から去らねばならない結果を作ってしまったのかと思うと後悔の念が先に立った。


 その反面、夢にまで妻に向かって誰と寝たのだと激しく追及する自分が、今現在でも己の心の底にいる。
誰にも渡したくないほど恋しい妻だからこそ、その不貞が許せない新三郎。 が、そうなると子供たち、殊に長女まで一緒に追い出すことになるような気がし怯えた。


 罵倒し、崖っぷちまで追い詰めておきながらである。
しかしながら顔かたちが似ないまでも北里新三郎の胤だったとの結果が出て欲しい旨願う自分がそこにいる。
無音のまま10日が過ぎ、苛立ちから新三郎は研究所に向かった。研究所に強引に問い合わせ、それほどおっしゃるなら、今お話できるところまででよろしいなら説明しますと、こう言われたからだった。
「どうぞお掛け下さい」


 「改めてもう一度お聞きしますが、最初に貴方がここで述べられた内容にそぐわないかもしれない結果であってもお聞きになりたいですか?」
「・・ええ、それは・・」
そこまで聞いただけで北里新三郎は目の前が暗くなった。聴き方によっては妻がしでかした過ちは言葉のあやかともとれるが 「内容にそぐわないかもしれない」 とは取りようによっては結果が尋常ではないことをも匂わせている。


 「北里さんも研究者ならご存知とは思いますが、現代の医学技術ではDNA鑑定は絶対です。そこで血液のABO式、RH式、MN式についても検査しました。ABO、RHとも問題はありませんでしたが、MNではあなたがMで奥様がMNですが、残念ながらお子さんは双方ともN型です。絶対にありえません」
「そうですか・・・」
顔が青ざめ血の気が引くのが自分でもわかった。


 もしも考えていたことが当たってるとしたら妻の沙織は貞淑さを装いながらも如何にも何事もなかったかのように夫婦生活を送り、その実抱かれたい男がほかにいて、夫婦間で充実した時を過ごした直後、2度ともその男の元へ走り胤を宿しそれを自分たち家族に養わせ知らん顔をして過ごしていることになる。
「連絡を差し上げなかったのは他でもありません。思い直して頂けたらと真摯に願ったからです。あなたが先に私共探偵に調べさせ納得なさった上で更に確証を得るため聴きに来られるようならと、  そう 何もなかった、 その上で平穏に済ませたい気持ちになられた。だから聞きに来られた。 私共としましてはそう望んだからです」


 暗に男女間の性の問題と言っても、そこは冷静に考えれば胤の受け渡しの問題。研究者なら結果については行為がどの程度成就できたのかさえ分かれば、それ以降のことについては想像ができたはずで、ここに来られるのは心のうちの相談だけではなかったのかと問われているように聞こえた。


 「父権は否定されたわけですから離婚調停を開かれても勝てると思いますが、そうなると婚姻中の不貞ですので相手方も つまりW不倫なら相手方の奥様に対し 同罪か奥様以上に賠償が必要になるわけですから血縁関係を遡って調べることにもなりますが・・・」
思いなおさないかと言ってくれているようだが一体何を説明されているのか北里新三郎には語尾が聞き取れなかった。
「お世話になりました。ありがとうございました」


 やっとこれだけ言うと研究所を後にした。
周囲の音をかき消すように左の耳からキ~ンと耳鳴りが聞こえ悪寒がした。
真っすぐに歩もうとするのだが身体が右に斜傾し目標に向かって進めないでいた。


 結婚以来妻を目にするたびに湧き起こる寝盗られ妄想が、ここに至って隣で安らかな寝息を立て安堵の表情を浮かべ寝入る妻を見る都度膨れ上がり治まらず苦悩に歪んだ日々を送り続けていたからだ。


 男として夜の営みで妻を満足させてやり、その疲れから彼女が安堵して寝入っているなら納得もできようが、早朝から深夜に至るまで仕事し疲れ果てて帰り、食事もそこそこにベッドに倒れ込むようにして寝入ってしまった夫の脇で、貴方様と同じように働きましたとでも言いたげに安堵の表情を浮かべられても納得しようがなかった。


 ましてや北里家において嫁姑の仲は沙織が一方的に付き従ってるからこそうまくいってはいるが、所詮養子である新三郎は穏やかな気持ちで日々過ごせるわけはなかった。 福の面の奥底に般若の顔を持つ母、そのことは養子にもらわれここで暮らさねばならなかった新三郎こそ良く分かっていた。


 -- 妻を心の内で支えてくれる男が外にいる --


 結果を聞き、それが妄想ではなく現実に妻は延々ほかの男に躰の芯まで慰められ安堵させられ帰され、家に帰れば何事もなかったかのように貞淑を装って自分とも肌を重ねていたと思うだけで腑が煮えくり返った。
事実男根ではなく財力と権力ではあるにせよ  
これまで閨は威厳に満ちた男という形態で抑えこんだように思えた、それが全否定されたような気がした。


 暗雲たる気持ちで家路についた北里新三郎を玄関で真っ先に出迎えてくれたのが妻の沙織だった。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
表情は常と変らず穏やかだったが新三郎は無言のまま居間や食卓ではなく書斎に向かった。


 沙織が後に従った。
「もう一度聞くが、あのふたりの子供はいったい誰の子・・・」
確かにそう口にしたと思うのだが、問う声が震え、語尾などはボワンボワンと耳腔内で響き上手く発音できないでいた。


 「あなた・・・」
だが、聞き入る沙織の顔が生気を失うのがわかった。
「うそをつけ!」 妻の言うのを待たずして怒鳴っていた。
相手が何を言ったのか確かめるゆとりすら失って、もはやそれはわめきに似た声だった。


 「結婚以来これまで、貞淑を装いながら ずっとほかの男と関係を持ち2度も孕んで子を産み、それをこの家で育てさせてきた。普通の神経ではとても考えの及ばん度胸の据わった裏切りだ。化けの皮を剥がされることがなければこの先も同じことを繰り返していたんだろう!えっ そうだな!」
我慢に我慢を重ねた言葉が堰を切ったように口を突いて出た。


 「何かの間違いでは・・・」 
女というものほど恐ろしいものはないと、かつて何かの本で読んだことがある。
現に沙織は懸命にその場を取り繕おうと努め同じ言葉で聞き返してくる。


 「この鞄に頂いてきた資料が入っている。それをよく読んでから言いたいことがあれば言え」
先ほど研究所から頂いた資料が入っているその鞄を沙織の前に投げて渡した。
こともあろうに床に落ちた資料を拾い上げると沙織は一心にそれを読むフリをしたのだ。


 「ねつ造文書だというんじゃあるまいな」
沙織は文書から顔を上げなかった。
「言ってません、そんなことは一言も・・・」


 「じゃあ聞くが、この文書にある男とはいったい誰のことなんだ?」
「何度も応えてきたじゃありませんか。もうこれ以上何も申し上げることはございません」
「この期に及んで、今度は黙秘権か?これほど証拠がそろっていながら裁判にでも持ち込もうというのか?」


 「裁判は行いません。貴方の言い方ではわたしが子供を連れてこの家から出ていけば済むことなんでしょう?」
沙織は顔を上げ新三郎を見つめた。
「北里家のお考えはよくわかりました。ご迷惑をおかけしました」


 この段になっても新三郎は己が知らずやったこととはいえ沙織をないがしろにしてきたことに気づかないでいた。
例えば沙織と付き合い始めた頃の新三郎はどうだったかというと、
許しを請うて太腿を割るのに、それはそれは難渋したものだ。


 紙切れ一枚の差とはいえ、夜になるとそれが当たり前のように開いてくれ味わえた。
時が経つにつれそれは恒例の行事のようになると新三郎にとって新鮮味が薄れ、閨に入ってくる妻を疎ましくさえ思うようになった。


 沙織はというと、その行為自体魅力はさほど感じなかったのであろうが、何と言ってもそのことで夫は益々出世し財を持って帰ってくるようになり、そのことが開いたことへの感謝・恩賞に思えるようになったのであろう。


 つまるところ夫は時が経てば妻を飯炊きと思うようになり、妻は夫を夢をかなえてくれる利器と思うようなるに至り、肝心な部分は外へ求めるようになった。 新三郎に言わせればこういうことになる。


 「勝手なことは許さん」
「ではどうしろと?」
「これは研究所からも進められたことだが探偵を雇う。彼らにすべて調べさせ、寝取って胤を仕込んだやつに慰謝料を請求してやる」


暴かれた過去



 もう何を言っても無駄だと知った沙織は深夜、寝ていたふたりの子供を起こし事情も告げずひっそりと家を後にした。子供たちは子供たちで前回家を出たときの様子がただ事じゃなかったと子供心にも感じていたらしく素直にこれに従った。


 終の暇を告げたかったが逆上した夫は書斎にこもって計画を練っており、下手に声をかければ火に油を注ぐ結果にもなりかねない。そうなると子供にまで手をあげかねない。義父母には悪いことをしたと心で詫びたが遅かれ早かれこうなることは感ずいていたと思い、すでに休んでおられるのを無下に起こすのは止めた。したがって沙織たちが家を抜け出したことに老夫婦は気付かなかったのであろうと思われた。


 沙織はひたすら悲しかった。
本当の理由を告げれば、それはそれで傷がもっと深くなるかもしれないと思った。それならいっそのこと自分一人で罪をかぶれば済むことだと以前は考えていたが、まさか育ててきた子供にまで憎しみに歪んだ牙を向けられようとは思わなかった。
だからこそ前回家出した折にこうなることを予測して実家に子供を連れ帰り子供たちを里の親に預け、沙織だけある場所に出向こうと前もって極秘裏に下準備はしてきたつもりだった。


 沙織の頭にあったのは子供たちの安全確保だった。
自分の子として認めようとしない夫は、深夜に脱出した子供たちを見つけた場合、沙織と同等かそれ以上の仕打ちをするであろう。安全を考えてくれるほど甘くはないことはその眼を見、言葉を聞いていればおおよそ見当がついた。
何も知らない子供たちと無事に暮らしていけたらと、一縷の望みをこれから向かう場所で出逢うことになるであろう相手に託した。


 幸いなことに家を出た日も含め行程中は天候に恵まれ寒い中ではあるものの野宿しながら徒歩で向かうに命の危険が伴うほどでもなかったと、気づかぬうちに逆上してしまっていた沙織は今更ながら安堵したが後になってこれが命取りの行脚になってしまうのである。


 一行は追跡を避けるため裏道を抜け目的地に向かった。幸いなことに子供たちはこれを遠足とでも思ったのか途中歌を歌うなど和やかに進むことができた。
長男の健太は終始健気に自分で歩いてくれた。奈緒は疲れたころを見計らい何度も沙織が背負って歩いた。着の身着のまま逃避行しているとはいえ、そこは前回の轍を踏んで用意周到 防寒用の衣服もあれば食用も水もあるのだ。しかし今回は完全な家出なので荷物は相当量になった。その上に5歳の子供を背負って歩くのはさすがに女には苦痛を伴った。


 新三郎はすっかり妄想に取りつかれ、もはや人とは思えないほど冷徹になりきれていた。一晩のうちに妄想は胤の違うであろう子供にまで及ぶかもしれないほど凝り固まっていった。自身も不貞を暴こうとすれば別れる羽目になりえるであろうし苦悩するであろうことなどすっかり頭から消え失せ、ひたすら妻を寝取った男どもへ断罪を下す優越に酔いしれていたからだ。


 男どもにしてみれば高々新三郎ごとき養子にもらわれてきて艱難辛苦を味わい、やっとエリートコースに乗れたことなど大した問題ではなく、いまは男としての優劣が全てと見下されあしざまに見捨てられることになった。と、こう考えていたのだ。
貸し出した妻が他人棒に苦悶する姿を観て奮い立たせ、行為を終えた妻をその場で甚振るなどという寝取られ願望・凌辱の夢より法的に不貞を働いた断罪を衆目の元下すのがもっと快感につながるであろうなどと勝手に思い込んでいた。


 朝になり沙織と子供たちが消えたことを確認すると益々怒りが募った。あれほど我慢に我慢を重ね家に住まわせ気を使ってやったのに泥棒猫のごとく用が無くなればだまってさっさと立ち去る。それが余計に許せなかった。この怒りが新三郎をしてある計画を実行に移させた。


 家を出て行ったということは裁判に勝つ何かがあるからだと勘ぐった。このうえまだ自分が努力して築き上げた財産を横取りし胤をつけた男に貢ぎたいのかと怒りが募った。それならその前に確証を掴まなければと暁暗であるにもかかわらず先走った。


 両親が聞けば絶対反対したかもしれない探偵屋を使っての調査をと、独断でイの一番に連絡を取ったところからして異常だった。
名家であるならそれなりの弁護士にお願いし、問題の解決に当たるのが筋のところを不貞・不倫という屈辱的な部分だけで頭に血が上り思い知らせてやろうという歪んだ考えの揚句 餅は餅屋 不倫に似合いの探偵屋に決めたのだ。


 恐らくお金がモノを言ったのであろう。依頼を受けた翌日から探偵は動いてくれた。
事件の内容が不貞捜査であることからして探偵事務所はいつも行う不倫調査のつもりと軽く受け流しノウハウ通りしらみつぶしに男女が不倫の際良く使うホテルに目星をつけ嗅ぎまわった。
それと同時に、写真を元に似顔絵を作らせて聞き込みして回ったが、なぜか空振りに終わった。そこでこれまでに手掛けた失踪事件でよく行う、婦人の足取りを日常の行動範囲と思われる各所から洗う折に使う防犯カメラの映像で追ってみたものの、これも全く手がかりがなかった。


 どの聞き込みも判で押したように沙織は同じ店に立ち寄り、ひとりで買い物を済ませるとそのまま家路に向かっていて、北里家の周囲に取り付けてある防犯カメラにもその出入りの際の姿が正確無比に映っており疑う余地は皆無に思えたのである。


 このことから普通に言うところの欲情にまみれた不倫の男女関係の線は消えた。もしも男女が不倫の関係にあったとしたならば欲情から頻繁に連絡を取り合って出逢いを繰り返すであろうはずで、その姿は誰かが必ず目にしているものだが、今回の事件に関して言えばそれは一切なかった。
同窓生などにも聞きまわったが学生のころから沙織には浮いた噂のひとつもなかったのである。


 深窓の君というにふさわしいほどに結婚を機に外部との付き合いはプツリと途絶え皮肉なことに貞淑というにふさわしい生活をただただ淡々と繰り返していたことがこれで証明された。
その世間を知らないはずの女が幼子ふたりを連れて家を出たということは外部に必ず協力者がいるであろうと思って街道沿いでの割り出しに全力を挙げたがどこで聴いても誰に聞いても足取りはつかめなかったし協力者も見つからなかった。


 それよりなにより、深夜に忽然と消えた親子の行先(方向)がまず思い当らなかった。前回飛び出した時には実家にまっすぐ向かっている。そう思って幾日も実家の周囲を取り囲んで人の出入りを監視してはみたが、ついぞ見つかることはなかったし、実家の様子にしても平日と何ら変わらないように見えたのである。


 深夜に自宅を出たといっても実家に帰るならバスとかタクシーを使っているはずなのに、その手の会社を訪問しても答えは黒だった。ここで実家に向かうという線は消えた。
知り合いを呼び寄せるとしたら電話をかけたはずだから記録の残っていそうなものなのにそれもなかった。


 「所長、この件は本当に不貞調査で本人と子供は家出したんでしょうね?」
問われた所長の水島真一も応えに詰まった。
「それじゃ村上さんよ、お前さんまさか依頼主が殺して遺棄し、それをわざと探させて時間稼ぎしてるとでもいうんじゃあるまいな?」


 「これだけ探して何一つ見つからない不倫調査なんて見たことも聞いたこともない。そうでしょう?見張ってたら相手は我慢できなくなってひょっこり顔を出す。それを報告するんですからうまい仕事、それが間違って殺人事件にでも発展したら事務所はいったいどうなるんです?殺人・遺棄の教唆ですよ。そうでしょ?」
「そうですよ、事件が解決しなかったら報酬ももらえない。このままじゃ事務所は潰れてしまいます。何かアイデアはないんですか?」
終いに事務員までこんな発言をする始末だった。


 確かに今は証拠もない、しかしこのまま姿をくらまし続けられるとは思えない。生きていたら必ず顔を出すか、死んでいたとしたら・・・
「俺はとんでもない事件に首を突っ込んだかもしれない」
水島真一は身震いした。


 捜査は暗礁に乗り上げたように思えたが、逆に不貞のきっかけがご主人側にあるとしたらと、村上という事務員の思わぬ発言で捜査は逆に依頼者を疑うことに事務所内の気持ちが傾き始めていた。
捜査が始まってすぐに気づいたことに、老夫婦と新三郎とのあまりにも似ない面構えが関係者に疑問を投げかけた。そこで、物は試しと新三郎の過去をまず洗い始めた。
北里家の縁者を辿って老夫婦に子供は生まれたことがあるのか聞き歩いた。そこで聞きつけたのが老夫婦には子がなく新三郎はどうやらもらい子のようだという噂を耳にした。養子になる前の新三郎はどんな生活をしていたのか、その調査が始まった。


 そしてとうとう行き着いたのが新三郎が孤児だったという事実で、苦労はしたもののかつて拾われた病院名をも探し出すことができた。
当時そこに勤めていた医師や看護師から事情を聴こうと思って聞きまわったが、秘密保持の観点から聞き出せないでいた。
ところがひょんなことから聞き込みが進展した。しつこく病院に出入りし関係者に付きまとううちに警備がこれを嗅ぎつけ邪魔をするようになった。当初面倒なやつらだと嫌悪したが、考えてみれば彼らが一番病院内の変化に気を回す職業だということに気が付いた。


 病院職員は口が堅かったが警備員はあっさりと当時のことを話してくれた。
話は実にまとまりがよく、こちらが気をまわして質問せずとも相手から勝手に事細かに話をしてくれた。怪訝に思ってきくと過去に美しい女性から同じことを聞かれ今回と同じように応えたところ大層喜ばれたから、多分あなた方も同じだろうと、こういう。
それを捜査員は沙織と見た。沙織も事情があって戸籍を調べるうちに養子の件に疑問を持ち警備員に行き着いたのではなかろうかと思ったのだ。


 そう思った時、自然と回答が出た。
今回の事件の依頼者は確かに研究者として優秀な男だ。
しかし妻の沙織はその上を行く聡明な女だったのではなかろうかと思った。そして何かを嗅ぎつけ、それが不貞を行う原因ともなったのだと仮説を立ててみると、後は簡単に答えが出た。何らかの理由で新三郎には胤がない、この一言だった。取っ付きの捜査はこの一点に絞られた。


 警備員の話によると2歳になる男の子は助けられた当時極寒の中に長時間放置され、しかも重篤な栄養失調のため肺炎を起こしており高熱をだしICUに入れられ完治までに相当な期日を要し、完治後も度々容体が悪化したので病院で長期間に渡って預かりとなった。
逆に小さな布団にくるまれていた次男は容体が安定しており健やかに育って早々に養護施設に移されたという。


 寒風吹きすさぶ中、幼いとはいえ長兄は弟を温めようと身を盾にして守ったからであった。


 そこで妻の沙織が通っていたレディースクリニックでこの事件のことを含め院長に追及したところ、あっさりと新三郎には胤がないことを認め、それでも子供が欲しいと奥さんから相談されていたと語ってくれた。
真実を追求したとはいえいかにも口の軽い院長だった。


 こうなってくると真実はひとつだった。
子種が欲しく、しかも極秘裏に妊娠したく人工授精ではなく誰かと定期的にナマで情交を持ったとしか思えなかったのである。
その沙織が子種を欲しがっているという情報を男はどこで手に入れ沙織を誘ったのか、それが問題だった。


 こればかりは前回の発言をきっかけに院長を脅してみても回答が得られるはずもなかった。
こうして時間だけが過ぎて行った。


 沙織たちは深夜自宅を抜け出し、沙織の記憶に中にある場所に向かって歩き続けていた。
タクシーに乗ったりバスに乗ったりすれば必ず足がつく。その場所だけは探偵や夫に知られたくなかったからだ。
それ以上に、家出する際 子供たちが後々北里家から受ける遺産相続問題のことを考えて金品は何も持ち出さなかった。


 これから親子3人が生き延びていくために必要な持ち合わせのお金を少しでも残そうと思うと歩くしかなかった。
野宿をしながら行き着いた先に地獄が待っていた。


 そこは人里から随分離れた山中に作られたある教団の集落だった。
集落と言っても一山丸ごと教団の敷地であり個々の家は叫んでも聞こえないほど離れており、万一一般の人たちが紛れ込んでもすぐには教団敷地とわからないように偽装がなされていた。
その中の一軒に沙織は子供たちを誘った。


 一戸建てとは言ってもそこは持ち主たちにとって隠れ家として使う小さな小さなバンガローだ。
沙織はこのバンガローに誘い込まれ健太と奈緒の胤を計算しつくしたうえで仕込まれたのだ。
出生の秘密を知っているのは、だから関係を持ったその男しかいない。


 もしも逃げなければならない時が来たら、迷わずここに来るしかないと沙織は常々考えていた。
だから最初に子供を連れて家を出た際、このバンガローに当面の非常食を秘かに担ぎこんでおいた。
逃げ込んでから3日後になって持ち主がひょっこり現れた。


 「しばらくだな、この子たちか?あの時の子は」
「違います。この子たちはちゃんとした・・・」
「へえ~ そりゃそうだよな。間違ったことをやっちゃ お屋敷の奥様の面目丸つぶれだからな~」


 沙織はドキリとした。平身低頭し、苦労の末ようやく太股を割ってもらったくせに男にはあの時の約束を守る気持ちなどまるでないとわかった。
健太と奈緒の孕ませ行為のときのやさしかった態度とは一変し、軽蔑の念が見て取れ、その欲情に滾った眼が入ってきたときから沙織の胸や足に絡みつくように向けられる。
思わず後ずさりした沙織の手首に男の太い手が絡まり強引に引っ張っり隅のベッドに放り投げた。


 「やめてください」
沙織が抵抗すればするほど男は欲情した目をギラつかせ躍起になって押さえつけにかかった。
「今更きれいごとを言うんじゃねえよ。ほ~れ、あの時のようによがり声あげてのけぞってみな、ちゃんと可愛がってもらいたいんだろう?だからここに来たんじゃねえのか?」


 連日の夫の責めと休みなく歩き続け疲れ切った細身の身体で鍛え抜かれた体躯の男に抵抗できるはずもなかった。
まるで調理される鶏のごとく足首を持たれ逆さ釣りにされたような格好で下着を剥ぎ取られ下腹部を子供たちの前で剥き出しにされた。
パンティーを剥ぎ取っておいて両足首をもって高々と上に吊り上げ剥き出しの下腹部に顔を突っ込んできて花弁を舌で弄りまわし始めたのだ。


 抵抗すればするほど責めは熾烈を極め、経産婦ならではの男女の行為に反応し始めた下腹部の羞恥に顔が歪んだ。
せめて性器だけは子供たちの前で晒してほしくないと蚊の鳴くような声で懇願しつつ男の要望通り僅かに自由がきく右手を男の股間に伸ばし捻り上げるように擦った。かつて胤を貰い受けた時、こうしてあげたことで男はいきり立たせてくれたからだ。
それが沙織からすれば男根を欲しがる合図とみたのか男は沙織の足首から手を放しズボンを脱ぐとすっかり興奮し切った男を濡れ始めた沙織の膣に勝ち誇ったような顔つきで突き入れた。


 男と女の迎合など研究者の夫に仕えるため忘れていたはずなのに醜いほど身体は男を求め忘れていた膣の感覚が男根を狂喜して迎え入れている。怯える子供たちの前でひとつがいの牡と牝が織りなす獣のような交合が覗き見られつつ始まってしまっていた。
沙織も子供を産み相変わらず細身ではあるけれどその身体はすっかり熟成した大人の女になりきっていたことを今更に健常で屈強な男根を受け入れたことで思い知らされていたのである。
最初に健太を宿した時も、そのあと奈緒を宿した時もセーブしないまま女になりきればよいという安心感から男に組み敷かれ燃え尽きるまで快楽を楽しめた。それだけ沙織の躰は若く、男も猛り狂ってくれていて互いに性を貪り合えたのだ。


 女の躰とは不思議なもので、こうやって快楽にふけり神経が男根にのみ集中してしまうと外敵からの防御がまるで無くなる。沙織は貞淑な嫁でも女性でもなくなり一匹の牝になって膣を開発され尽くしてしまっていたのだ。


 それが今度は我が子の前で、あの時とまるで違う凌辱であり愛とは違うと思っても悲しいことに交合が始まれば依然と同様、いやそれ以上に遮二無二男根がめり込み膣内を掻き回し始めたことをヨガッたのだ。世間の噂通りやはり成熟した女として頭とは別に身体が、下半身が勝手に男根に反応してしまったのである。
沙織はそれが呪わしかった。
沙織は身動きできないほど弄ばれ不貞であるという後ろめたい気持ちと、それとは真逆の快楽に半狂乱になった挙句半ば気を失ってしまっていた。男は欲情をすべて吐き出すと親子が期待していた食べ物については無視し続け何も置かずにバンガローを立ち去った。


 沙織たち親子は、殊に沙織は犯されはしたが、最初に開かせようと苦悩してくれた時と同様に求める女のために何か持ってきてくれていると期待していただけにがっかりした。
それでも次に来るときには何か持ってきてくれるのではないかと、淡い期待も寄せた。
持ち込んだ食料がここに辿り着くころには尽きかけていたからだった。


 だが、男はその後も幾度か来ては沙織を子供たちの前で襲った。
男との行為が始まる予感がすると沙織は子供たちに外に出て遠く離れているようきつく言い放った。その目や口のききようはもはや母ではなく男根に飢えた一匹の牝となっていた。
男に抱かれている間に意図せずして発する淫欲な声や痴態を子供たちに見聞きさせたくなかった。ましてや男と欲情をむき出しにまぐわい、快楽を通り越し淫汁を滴らせる女性器が男性器に絡みつき濁流欲しさに媚態まで魅せつけ絞り上げる様子など見せたくはなかった。


 沙織は考えた。
男を、牝として欲情の限りを尽くして魅せ受け入れれば、乱れきり発情した女性器を他の男どもに渡す前に幾度も征服したくて何か運んできてくれるかもしれないと。
そして正にそのとおり、次に来たときにはなにがしかの食料を持ち込んでくれた。これに悲しいかな沙織は狂喜した。女としてひとりの男の心までも征服することができたと勘違いした。実際には飢えながらにして生きることの苦痛を、この裏切り女には与えたら面白かろうとわざと加減して食用を運んでいただけだったのだ。


 沙織はもうひとつ重大な計算ミスを犯した。
男が運び込んでくる食料は親子が食べるに十分でなかったにもかかわらず、組み伏せられた快楽の余韻から冷め切れず、困惑する子供の前で逆に男を虜にしたと有頂天になってしまって男には少ない食料を大盤振る舞いしてしまっていた。聡明な女であるにもかかわらず男根の前には直前に己や子供の死が迫っていることにすら気が付かなかった。
沙織は食べないようにして子どもたちに分け与えたが、それでも徐々に子供たちの体力は奪われ飢えが始まっていた。


 沙織は近隣の家々を回り食用を分けてくれるよう頼んで回ってみたが、そこは密教のような教団が居座る地である。どの家も門戸を閉ざし、まるで死人の村のようにみえ早々に諦めた。
飢えの症状は体力が一番弱い奈緒に真っ先に現れた。最初の数日起こったことは沙織が男に襲われたときのショックのうわごと・寝言かと思われたが、奈緒の呻き声が飢えの幻覚からきていることを知ってバンガローを後にし、一般集落目指して彷徨い出た。
このごろになると道端にある食べられると思えるものは何でも口にした。


 目的地に向かって子供たちに懸命に声をかけ歩ませようとするが、奈緒は時折道端でくるくる同じところを回るような行動をとりはじめていた。それだけ歩みはのろいものとなっていった。歩き続けていると河原からなんともよい香りがした。
ヤミで捕まえた稚アユを焼いて食べているところに出くわし、ついフラフラと歩み寄った。
近寄ってくる得体のしれない人物に男たちは最初物珍しげに見ていたが、それがまるで死人が歩いているように見え慌てて手荷物を抱え逃げ出した。


 残されていたのは火の中で串刺しにされた数匹の焼きかけの稚アユだった。
奪い合うように火の中に手を差し込んでそれを取りだしてやると、余程飢えていたのであろう、子供たちは貪り食った。気絶するほど燃え盛る炎の中に手を突っ込んだというのに、久しぶりに口にする食べ物に心を奪われ沙織は自身の手が焼けていることすら気づかなかったのである。
数日なにも口にしなかった胃の腑に一気に食べ物が供給された。


 それがふたりの死を早めた。
目の前の炎に吸い寄せられるようにふたりは倒れ込んだ。
勢いよく枯れたような躰に燃えていた炎につつまれふたりは息絶えた。


 それを見た沙織は狂乱した。
ふたりを救い出そうと自らも炎に飛び込み子供を掻き抱いたが思考はそこで尽きた。そのなかで肉の焼ける心地よい香りにあれほど我を苦しめた空腹も治まり香りの元となる我が子を愛おしそうに掻き抱いたまま息絶えた。



忘れえぬ記憶の中に



 沙織を身籠らせた男の捜索は原点に立ち返っていた。
研究所で調べられたすべての書類を再調査し、その胤がある種新三郎と似ていることに気づいた。


 そこで養護施設を調べ、離れ離れになった弟が今も生きていることを突き止め、現住所に走って果たして同一人物か周辺の聞き込みから調査が始まった。
結果、男は施設を出てから職業を何度も変え、いつごろからかわからないがある種の宗教団体に出入りしていることを突き止めた。
男と教団、それがなぜ沙織を狙わなければならなかったか、捜査員の一方はそれを探し出すため北里家に昼夜を問わず張りついた。


 ある日の明け方近く、張り込みに疲れつい脇にあった電柱に向かって村上は用足しを始めた。
出しきって身震いしながらふと見上げた電柱の中ほど、妙な高さに広告が貼り付けてあるのに気付いた。
広告を張りつけるなら普通は路上を歩く人の目の高さか、それより少し高いところに貼る。 が、それがこの広告に限って明らかに邸内にある植え込みの さらに上から覗き見ないと気づかない場所に貼り付けてある。


 見張り用の双眼鏡を取り出してその広告を遠間から見た。
沙織が通っていた病院名と不妊治療・秘密厳守という文字が飛び込んできた。
このふたつを合わせて考えれば不妊に困っていた沙織の鼻先に胤の話をちらつかせ病院に向かわせる目的で広告を張り付けたことになる。


 通常なら不妊治療は夫婦そろって病院を訪問し、検査を受けた結果によって双方の同意をもって誰彼の冷凍保存の精子を妻の体内に植え付ける。
その夫の精査を進めるに当たって胤がないことを本人に告げられるということを沙織は隠したかった。
だがそれでは北里家の待っている子宝はいつまで経っても得られない。


 恩返しのつもりで自分だけ犠牲になればと沙織は単独で病院に向かった。
ところが清純な沙織にこの病院は健常な精子提供者と偽って、今ちょうどその提供者がみえていると、この男との行為を勧めたのではなかろうかという疑問が湧いた。
そこで病院の院長の身元を洗うと、病院は医療事故で経営が破たんし院長は教団から多額の借金があることを突き止めた。


 警察の取り調べに対し院長はあっさりと行ってはならない男女の直接的な行為を斡旋したことを自白した。
教団幹部のその男の脅しに屈し、不妊治療など行ったこともないのに いかにもできるような口ぶりで診察に当たり、その場で優秀な精液提供者として男を紹介したことも吐いた。
もっと驚いたことに、男は病院からそのまま男が所有するバンガローに沙織を連れ出し、そこで人工授精と称しナマナカで犯していたのだった。


 件の男はどうしていたかというと、教団の村には資金集めが必要であると称し幹部以外の男はほとんど不在にしていた。
教祖や幹部の生活全般に渡って仕えるのは資金集めに全国を飛び回る男たちの妻が当てがわれた。
幹部はその妻たちに教祖様直々の修行と称し快楽を施し境地に至ると性行為を行って後 妻たちに向かって修行成れりと都合よく説いていた。


 一旦関係を持つとその女たちは快楽はすなわち修行であり出世であると勘違いし先を争って修行を求め男の元に押しかけて来るようになった。
修行に名を借りた酒池肉林だったがそれを見るにつけ、いつしか男の目には女は不浄の生き物として映ってしまっていたのだ。
貞淑を装いながら胤を仕込んで欲しいと願う沙織にもいつしか嫌悪感を抱くようになっていった。終いには疎ましい故殺してしまおうとさえ思うようになっていった。


 院長の自白によって教団の村では一種異様なことが行われていることを知った。警察は直ちに捜査令状を取り教団敷地内に立ち入った。
そしてその悲惨な状況を目にした。あの焼身自殺と判断された駐在所の巡査が焼け死んだ親子は酷い栄養失調だったとの報告と合わせその死に方を不審に思い調査に加わることを願い出てくれていた。
こうして沙織とその子供たちが暮らしていたバンガローに北里家の命を受けた探偵社の村上が警察の殊に駐在所の巡査を携え押し入ったのだ。


 運が良かったことは飢餓で焼身自殺と思えた遺体の中から稚アユが検出されたことで、これが密漁で捕獲されたものである可能性が否めないことから主に密漁者の割り出しに全力が注がれた。


 その捜査線上に上がったのがこの教団の幹部で今回胤に絡んでいるとみられるバンガローの所有者の男だった。
教団の資金を得るため禁漁期間であっても大がかりな立て網を仕掛けアユを追いこんで大量に捕獲してしまうという方法で最盛期には月に7ケタを超える稼ぎを叩きだし教団に貢いでいた。
別件で任意同行を求められた男は教団全体の責任と脅すとあっさりと教唆殺人について口を割った。


 バンガローに親子を留め置き母親を辱め、その子供を餓えさせることで憂さ晴らしするつもりだったものが気が付けば栄養失調の極に達していて、誰の目にももはや救いようがなかったのだと語った。
しかもそれが人妻をだまし孕ませた我が子とあって尚のこと罪に問われると思い、いっそ殺してしまえばとこの計画を思いついたと語ったのだ。


 餓えた親子がおそらく自殺した日に教えたとおりの道を辿ってこの河原を通りかかるであろうことを予測し、餓えた人間に一気に食べ物を与えると死と直結することをもものの本で読み、その日にあの場所で獲れ立ての稚アユを焼いて食うと美味いだろうからやってみろと闇漁仲間を誘ってやらせていたのだ。
裁判と認否のため採取されたDNA資料から、この男が紛れもなく新三郎の生き別れとなった実の弟で、兄が裕福な家庭にもらわれていったことを嫉んで美人妻の沙織を弄って家庭を壊してやろうと仕組んだことだったとわかり自白もしていた。
殺人に至ったことについては道義的に餓えさせ殺したとなれば教団から追われるかもしれないので、誰にも知られることのないよう始末したかったとも語った。


 男は幼○虐待・婦女暴行と殺人ほう助の罪で起訴された。
病院も役所も当人たちの戸籍抹消に冷酷な法の網を掛けたが、兄が命を懸けて弟を守り通し、その影響で身体に重篤な障害が残ったことは義務であるはずなのに都合が悪いからと孤児を養子として引き取ってくれた北里家には告げなかったのである。


 裁判の関係上、施設から提出された男の幼い頃の写真をみせられた新三郎の目に映ったのは、長い年月忘れることのできなかった吹雪の病院の玄関先で寒さに震えながら必死に見守った可愛い弟の顔だった。
あの秋の夕暮に、不審に満ちた気持ちでみた奈緒の横顔とうりふたつの男の子の顔だったのだ。


残照 序章

 6月に入ると河川はこれまでの閑散とした様相と様変わりし、鈴なりの釣り人で溢れ返り一気に活気を取り戻す。


 殊に6月1日は毎年恒例になったこの河川の鮎のゾロ掛けの解禁日(友釣りの解禁日はもう少し後になる)で、アユ釣り目的の太公望たちが夜も明けやらぬころから場所取りと称し川に入り、夕暮れまで釣り糸を垂れる。いや、垂れるというより川床を長尺の竿の先から垂らした糸の先につけた掛け針で引っ搔き回す。それがこの時期この川の風物詩となっていた。
 ゾロバリは初心者でも簡単にできることから無許可の人間が釣りに高じるまたとない機会である。
今年も解禁日が数日後に迫っていたその川べりを監視員の男は汗だくになって物陰に身を伏せるようにしながら見回りを続けていた。


 「こう暑くちゃやっとられんわい。 組合長も組合長じゃ、とっ捕まえたヤツらは警察に引き渡せばよいのもを!」
ブツブツ文句を垂れながらも双眼鏡の先の視線は怠りなく川面に注がれていた。


 その視線の先の河原、いや対岸から件の澱みに向かうには中州に生えた木々の間を道具を携え歩いてゆかねばならないが、しかもそこを監視するなら場所柄今監視員がいる岸辺にも木や草が生い茂り、問題のポイントは遥か川上から河川沿いを川下に向かって見通すしか方法がない。監視員というだけあって流石ベテランで、確かにアユ釣りに向かおうとするのは不向きだが密漁にはこれ以上ない絶好のポイント。そこを睨み据えていたのだった。


 このような場所で密漁をするものを、これほど苦労しながら捉えたとしても組合に連れ帰り、それ相応の罰金を科し、その年度 鑑札を付与しない旨を告げたら後は無罪釈放となるのが恒例になっていたのである。


 「ふん! 温泉街の安宿なんぞ、奴らが卸す密漁の鮎を二束三文で買い叩きしこたま儲けとるゆうに、罰金1万円じゃ割に合わんことぐらい・・・」
言いかけて監視員の動きが止まった。


 狂信的な太公望にとってイの一番に良い場所を確保しアユを釣ることほど魅力に富んだものはないから勢い場所の奪い合いとなるが解禁日前に川に入ろうとするものは当然のごとく鑑札を持たない。俄か漁師ではないものなどはあぶれてしまうことからこれを僻み、解禁日を待たずして根こそぎ稚アユを捕まえてしまおうと人の目の届かないところから川に入る。


 このようなならず者が毎年必ず現れるのが解禁日を翌週に控えたこの時期であり、狙われる場所として特にこの河川では遡上途中生気を養い更なる川上を目指すため稚鮎どもが集まるこの付近の澱みだった。


 監視員は主にボランティアで構成され、この時期はこれらならず者の行為を未然に防ごうと夜っぴいて見回っていた。だからおっとり刀 忍者の如く隠れ潜んでまで見回りをしていたのだ。ヤマメ釣りなどは既に解禁になっていて川に入ってるとはいえ鮎とは釣るスタイルやポイントが全く違う。ましてや夜釣りの対象魚ではないため暗くなって行動したりしない。ところが密猟者となるとこれをやる。だから見張る場所も時間もそうで、解禁前のアユを狙う無法者を見逃すことは長年の勘からまずない。


 「うん・・・ なんだあれは!? 俺らをおちょくっとんかい、バカにしやがって!」
男が舌打ちするのも無理はない。
河川敷に転がる流木では足りず、中洲の木立の中からあらん限りの枯れ枝を集めて中州に野火をつけたがごとく猛火が立ち昇っていた。


 監視員が陽もとっぷりと暮れた河川敷で焚火を囲む親子らしき数人を例によって離れた場所から目撃したのは見回りを始めて二時間ばかり経過したころだった。鮎は漁火を太陽と間違えて寄ってくる。その習性を利用し投網にかけるのも漁法のひとつだが、焚火に照らし出された彼らの足元に釣り道具らしきものがあるわけでも、寒さ除けのウェットスーツの類があるわけでもなく、ただ焚火を囲んでいるだけであり監視対象外のキャンプファイヤーか何かだと、さして気にも留めず通り過ぎた。が、後々になって考えてみればそこにキャンプファイヤーなどを好む男らしき者の姿は認められなかったことが思い起こされ、 あくまでもこの男の監視員としての勘だが・・・ このような大火を河岸で燃やすスタイルで鮎を狩っていた例が無いでもなく「まさか違法な素潜りをしていたのでは?」と夜が明けるのを待ってその場に、動かぬ証拠でも見つかれば引き継ぎの申し送り事項にでもと思い、帰りがけのついでに立ち寄ってみた。


 「儂が見回りする時間を知っとって暮を待って藪から抜け出し焚火したんじゃろうが・・・、にしても世間知らずもええとこじゃ」
ブツブツほざきながら藪の中から手ごろな折れ枝を見つけて来て埋火を突き始めた。


 盗人の痕跡を見つけ出してやるんだと焚火の燃えカスをひたすらつつきまわした。この男が意気込むのには先にも述べた通り訳がある。暖をとるだけならこれほど大きな焚火はしないだろうというほど埋火や燃えカスは多量にあったからだ。こうなると不信感は否が応でも募る。なにがなんでもと燃えカスを埋火を突くうちに腐臭が立ち昇り始め、中から現れたのが紛れもない人間の頭部とわかり110番通報した。


 警察もこの時間帯はまだ当直明けの申し送りを待つだけの、言わばどうでもよい時間。電話に出た当直員は事件の内容より電話を掛けてきた相手の素性探りに躍起になった。焼死体が出ただのと下手な電話を管轄に取り次げば己に勤務怠慢の罰が回ってくる。散々電話口ですったもんだのやり取りを行ってやっと仕方なしのような口ぶりで管轄に繋いでくれた。


 駆けつけた県警によって現場検証が行われた。


 遺体は体格・殊に頭蓋の大きさや形から監視員の言う通り密猟者ではなく親子らしい3体ではないかと思われたが相当炭化が進んでおり埋火を消し、御遺体を傷めないよう残らず引き出すのにまず時間がかかった。更に身元を確認するのに手間取った。なにしろ行方不明者の捜索願も出ていない現状において、ましてや事件などここ数年皆無に等しいこの田舎で、下手すれば殺人事件に発展しかねない焼死体。鑑識課もDNA検査は実施したものの対象を何処に絞ってよいものやら見当すらつかない。自殺か他殺か不明ではあるが万が一に備え結果を出さないわけにも捜査しないわけにもいかず、ただ困惑するばかりだった。


 所轄はもちろん駐在所の職員も休日返上でこれが自殺なのか他殺なのか、本来ならそこらあたりから捜索を進めなくてはならないが、目撃者である監視員が語る生きていた最後の証言が夕暮れ時に河原で焚火をしていたというだけではなんの確証も得られるわけもない。しかも現状に争った跡などもなかったこと、周辺に置いてあった、一見焼死者が持ち込んだと思われる遺品が過去に見聞きした路上生活者などが身に着けている古着や廃品に類似していたことから県警は何らかの理由で行き場を失い自殺したものとして、また遺体を身元不明者として荼毘に付し、県警としての面目もあり早々に一件落着とした。 いや、この場合面倒だからさせたと言った方がふさわしい。


 この上層部の決定にどうしても従う気持ちになれない人物がたった独りいた。
それがこの地区の駐在所の巡査で、焼き肉や川魚を焼く程度の焚火ならいざ知らず、人3人が丸焼けになるほどの大火を、初動の段階で電話を受けた者を始め、対処に当たった者は消防署はおろか役所の所轄に連絡もせず知らぬ存ぜぬで済ませ監視員を帰してしまったこと、駐在員である自分への職務怠慢への厳重注意処分が下されたことなど腹に据えかねたからだった。


 つまるところ「上の決定に従えぬ」と、憤懣やるかたない住民への怒る気持ちをも代弁するがごとく己の中にある官憲への不信感をどうしても抑え切れず暗に自分が悪いのではないと己の心に向かって異議を唱え断固たる行動に出たのである。


 先も述べた通りこれまで事件というようなものに彼自身出くわしたこともなく、残念ながら出世には遠く及ばなかったものの老駐在は秋が来れば無事定年を迎え退官でき、二階級特進で褒賞と金一封も授与され、家族一同お祝いの席で・・・というところまで来ていてこの事件である。皆が止めるのも聞かずいきり立った。


 「俺のどこが悪いというんだ!!」 調べに出かけようとして身支度する巡査を引き留めにかかった妻を怒気で顔を土気色にし蹴とばした。所轄内で決して事件などという問題を起こしてはならないと、巡視も諸先輩から教わった通り怠りなく続けてきてこのありさまとなったからだ。


 管轄地区の住民に対し、何事も穏便に取り計らったツケがこの時になって失態を招いたと悔いた。が後の祭りだった。


 河川の漁連(主に鮎の稚魚を育て川に放流し収入を得ている団体)から連絡を受けるまで親子であろうがなんであろうがこの時期、許可している場所ではなく河川敷でキャンプファイヤー級の焚火などという状況は、勤め上げた今日まで目にもしていなければ思ったこともない純朴と言えば純朴そのものの巡査であったのだ。
この事件のどこから手を付けて良いやら空想を巡らそうにも、土台見たことがないから知恵が働かない。
そうなると強がりを言った手前 いつものように・・・いやテレビなどでよくやる足で稼ぐしかなかった。


 「警察庁表彰を受け、バカにしたやつらを見返してやる!」
我こそは隠れた名探偵と言わんばかりに自転車をこぎ走り回った。


 鮎釣りなどにまるで興味を示さない巡査にあって、ズブの素人の考えでは川遊びするには山間部のこのあたりの水は冷たすぎるように思えたのである。
自分でスッパのまま川に入り捜査した後、河原で焚火をとも思ったが現場に立ち入り試しにズボンの裾をまくって川に足を入れ、余りの冷たさに飛びあがった。捜査のためスッパで川に入り寒さに気を失い流され・・・などと考え、懲戒を受けたものの現役という立場もあり怖じ気た。


 巡査とはそつなく調書を取ることに意義がある。昔諸先輩から口を酸っぱくして言われた言葉が身に染みた。
年老いて身体が動かなくなると派出所にしがみつき、諸先輩の教えに従い気の利いた巡回などほぼやらなかったのが裏目に出た。
もしもこの状況を先に見つけていたならば必ず現場に立ち寄って何らかの話をするなりし、それとなく状況確認もできたはずだと、取って付けたような考えが頭をもたげるに至りここに及んで何をとそれが悔しかった。


 それ以上に己は懲戒なのに依然としてアユ釣りなどと浮かれている輩がいることがまず憎かった。
憎かったが調書を取るためには彼らの仲間から情報を得るしかない。
「ご面倒をおかけしますが・・・」オズオズといつもの調子で河原で釣りを楽しむ男たちに話を聞いて回った。


 監視員はともかく、アユ釣りなどというものは例年同じメンバーが顔をそろえる。
もしも見かけない顔が混在していたなら、そこは縄張り意識故必ず注意を怠らなかっただろう。
ましてやそれが女子供であればなおさらのことだった。


 何らかの事情で灯油をかぶり火をつけたという事件はよく耳にするが、どの事件でも熱さのあまり暴れ回った挙句絶命している。
自分なりに現場検証を幾度か試みたが河川敷で母子と思われる3人が、己が焚いたたき火の中で身動き一つせず焼死するには余程の訳があるに違いないと、まず思った。
だが、それが他殺ならろくに見回りもしなかった己という巡査の居るこの田舎、都合の良い証拠隠滅となりうる。


 「願わくば観音様よ、どうか我に武運長久を」何でも良いから祈った。


 この日以来巡査は鬼になった。
「どんなことをしてでも犯人を突き止めてやる」
勤務時間も含め、寝る暇も惜しんで聞き込みに当たった。


残照


 街外れに大河が流れていてその河口が小さな湾を形成し漁港となっており、休みとなると湾の入り口の堤防は太公望たちの格好の釣り場になっていた。


 その日の午後遅くから北里新三郎は7歳になる長男の健太と5歳になる長女の奈緒、それに妻の沙織を連れて湾に群がる鯵を釣りに来ていた。


 自慢げに子供たちの相手をしながら鯵釣りに講じる新三郎だったが、出かけるのが早朝でなく午後になったのも、撒き餌をすれば誰にでも釣ることができる湾内の鯵が対象だったのも、それもこれも沙織の提案で、その沙織も知り合いに相談して教えてもらってここに来ていた。


 父親が自慢げに子供たちに釣り談義をしているが、元はと言えばまた聞きのまた聞き、存外本人は釣法は元より湾内で鯵が釣れることすら知らなかったのである。


 北里家では
夫の新三郎は開発部に勤務しており、幼年からエリートコースを歩いてきた反面、幼友達と遊んだ記憶や世間との付き合いは勿論のこと、家庭内のことなどさっぱりで、沙織が黙っておればおそらく何年たっても子供たちと交流を持とうとせず老いていってしまうと思われ、それを案じ、また、多少でも子供たちの手が自分から離れてくれたらと思ってこの計画を持ちかけていた。


 声をかけないで放置したらいつまでたっても食事もせず寝ることもなく研究に次ぐ研究、つまり仕事に没頭してしまうと妻の沙織からも同居の両親や子供たちからも愚痴られる通りの仕事の虫で、ひっきりなしに本を読みパソコンと睨めっこするためか眼鏡なしでは一歩も歩けないほどの強度近眼、良い方に例えれば学士様だが悪く言えば世間知らずの引きこもりだった。


 湾内に鯵が遊泳し始める冬季の昼間は殊更日照時間が短い、頑張って撒き餌を始め鯵が釣れ始めた頃にはすっかり陽は西に傾いていて新三郎にとって子供たちが釣り上げた小魚を針から外し釣り糸を調整するのが次第に困難になり始めたころ、妹の奈緒の釣り針がひょんなことから隣で釣りをしている人の服に引っかかり騒ぎ始めた。


 妻の沙織は長男の健太の世話に当たっており手が離せない。自分が釣りに行こうと誘っておきながら沙織は元来魚だの虫だのが大嫌いで幼少の頃より触った記憶が無い。今日とてキッチン手袋の上に軍手を付けて釣りに臨んでいて、とても他人の衣服に引っかかった針を外すなんて芸当は出来そうになかった。


 「お父さん、早くしてよ!お魚さん逃げちゃうじゃない!」
父親に向かって助けを求めるが一向に埒が明かずそのジレンマからか長女の奈緒の声にはトゲがあった。
「うん、わかったからちょっと待ってなさい」


 新三郎は急いで車に戻るとハッチを開け道具箱を取り出し駆け戻った。
ラジペンで引っかかっていた針を根元から切り取ったのである。
これには針を引っ掛けられた釣り人の方が驚いた。


 釣り針が衣服に引っかかった程度の事なら ほんの少し針を引っ張り衣服の布地に弛みを持たせ針を抜いてしまえば事足りる。
釣りに来て大切な釣り針をこともなげに切り捨てるやり方に尋常ならざるものを覚え、そそくさとその場から移動してしまった。


 釣り方にしても北里一家は浮いていた。
凍った撒き餌を持ってきて撒こうとするものだから海水に浸してもすぐには溶けず、従って付近の石を拾ってきて岸壁で砕いて凍った状態のものというよりまだ塊の状態なのにドボンドボンと撒くのだ。
撒いた餌で直ぐに啄めるものが少ないものだから北里一家の近くでは魚の寄りが頗る悪い。


 そこで子供たちは父親の元を離れ付近で一番釣れている大人の近くに寄っていく。
新三郎はと言えば毛バリに撒き餌の小さなアミを手が悴んでしまって上手く動かないものだから針先に上手く命中しない、それでも頑張って体全体を震わせながらひとつひとつ手で付けて釣りをさせていた。
一事が万事そんなんだから棹を振って海に糸を垂らす前に付け餌は落ちてしまっていた。


 周囲の大人たちは勿論のこと妻や子から冷たい視線を浴びながらも新三郎は奮闘を続けていたのである。


 寒さと焦りからやんちゃを口にするその、夕景に染まった奈緒のシルエットを見ていた新三郎に不思議な感覚が一瞬よぎった。


 普段なら屈託のない表情を見せる我が娘であるはずが、母親そっくりなきれいな整った笑い顔しか見た記憶がない、愛おしい奈緒であるはずが、強度近眼の新三郎が見た まさに今そこにいたのは自分の意にそわない、人を釣ってしまった竿先の感覚に顔を歪め、役立たずの父親を急かし愚弄する裏の顔を持つ別物のようにも見え、だが見方を変えれば見も知らぬ顔の他人の子供のようにも映ったのである。


 強度近視ならでは、生涯においてこういった感覚を頼りに視力で補えないものを第六感と言おうか、そういうもので補い生きて来ていた。故に新三郎で言うところの野生の動物的なこう言った感覚というのには一種鋭いものがある。


 目が見えないからこそ、普段から何かと感覚を研ぎ澄ますしかなかった新三郎にとって、常日頃妻と子は視線の先ではなく妄想の中にのみ存在する。だがその時、残照の中で現実を垣間見せてくれた奈緒は妄想とはあまりにもかけ離れており一瞬だがこれが我が胤の子かと疑念がわいた。


 それでは共に暮らしてきたこれまでに一度たりとも疑ってかかったことはなかったかというと、そうでもない。


 新三郎も沙織もどちらかというと顔立ちは整ってはいるが小柄で華奢、ところが奈緒は保育園の中では大柄な方で頬骨など確かに北里家の祖父母に似てはいるものの血の繋がっていない新三郎とは全く違っていた。


 元来研修肌の新三郎は疑問がわくとたとえこう言ったことでも正しい答えを導き出さずにはおれない性格だった。


 奈緒の出生について沙織と知り合い、躰の関係を持ち胤を宿したであろう行為の瞬間までをも新三郎は遡って想い出そうとし、思い出した事柄はいちいち文字に刻み自分なりに調べつくした。


 そうして得た結論が彼なりの結婚感であった。沙織の胎から出て来て自分に預けられたものなら、たとえそれが他人の胤であっても自分の子供であることにするというもの・・・ だったはずであった。妻の沙織はそれほどにかけがえのない存在だったからだ。


 だが、今回ばかりはその硬い決心も躊躇するものがあった。 それが己の出生の秘密で、興味本位で密かに調べた結果によると新三郎は今起居をともにしている両親との血の繋がりはおそらく無いようなのだ。


 記憶にもない遠い昔、産んでくれた両親が何らかの都合によりどこかに自分を捨て、 それを子供のなかった現在の両親が養子に迎え入れてくれて今がある・・・。ように受け止められる証拠が、既に随分前に出てきていた。


 このことを知ったのも今回と同様偶然だった、職場で残業をしていてフッと脇に目をやったときデスク脇に身だしなみ用に置いていた手鏡に映った自身の顔に両親と違うなんとも言い表せない疑念を抱き、DNAの自己判定キットを購入し調べ、実の両親ではない結果を見て改めて探偵を雇って調べさせ確証に近いものを得ていた。


 それでも今の現在まで内緒にしているのは、いかに身分や収入があろうと ~微かな記憶の片隅にある施設での生活のこと~ 世間にただ独り放り出されるのがひたすら怖かったからである。


 人もうらやむ美人の妻の沙織だって、元はと言えば見合い同然の結婚で彼女の確たる出生の秘密など知らない。 彼女を紹介してくれたのが職場の上司であればこそ、かつては業界に隠然たる勢力を誇っていた上司であるだけにそこに両親や自身の出生にまつわる団体の力が働いていないとは言い切れなかったが、まかり間違ってもしも迂闊な発言で関係が壊れることがあればと、それも怖かった。


 それやこれやが今になって再び思い起こされ新三郎を苦しめた。
「それはそうだろうな。あんなきれいな女に言い寄らない男などいるわけがない。独身時代はさぞかし・・・」


 そう思って通勤や休みに近所の親子を見るにつけ、あの父親の手を取って嬉しそうにしている子供が実は胤が違っていて、ただ単に見も知らぬ男が胤をつけ托卵させられた妻が産んだ子を我が子と信じ育てているだけなのではと思うとき 野生の本能が騒ぎ、いても立ってもいられない気持に苛まされる。いっそのこと妻を・・・そんな激情に流される気持ちになれない新三郎ではあったが時として再び妻が寝取られはすまいか、今でも他人棒にしがみついてはいまいかと邪心が湧き眠れない夜が次第に増えて行ったのも事実だ。


 「まあ三郎さんったら、ちゃんと食べてるんでしょうね」
重い躰を無理やり引き起こし食卓に着いたが母が心配してくれる通り、頭の中に鉛のようなものを流し込まれたような状態にあって出された食事に手を付ける気持ちにすらなれなかった。
「どこか調子が悪いんだったら会社に連絡してあげますから、今日はこのまま横になったらいかが?」
だがその言葉すら今は疎ましかった。


 「大丈夫です。仕事が始まってしまえば気にならなくなりますから」
自分に対する気休めの言葉を口にした。いつもそうだった。
職場で休み、家に帰って遅れた分を取り返すべく、いやその何倍もやり続けていることでやっと一人前に働いたような気になる新三郎。


 恵まれた家の養子に迎え入れてくれたことはありがたかったが、はれ物にでも触るような扱いを四六時中受け絵に描いたような道だけ歩まされ続けた新三郎は育ててくれた両親。だからその期待に添うよう努力した。神童と呼ばれるほどの記憶力はすべてこの努力のたまものだった。


 その記憶力の元となったのは 学ぶ上で、どんな些細なことでも聞き漏らすまいとメモを取るようになり、それが高じてそのメモを夜になると正式な日記にしたためるようになって、つまり寝ていても記憶が欠けるような恐怖に駆られ、これに打ち勝つべく無理強いして覚えていったからだったが・・・。


 皮肉なことに年齢を重ねるごとに、位が上がるごとに覚えなければならない会話や出来事は増えたのだ。疎ましくて仕方がないが止めるにやめられない。


 普通にメモを取っていては間に合わないからと、自我流で速記も考案しこれに備え 見たものや聴いたものすべてを対象に深夜日記を書くことで記憶を新たにし、また研究開発の足しにこの速記を利用することもあった。


 隠れ忍んで書き溜めたこれらの日記風メモ。


 誰にも怪しまれず妻の不貞を見つけ出すにはこのメモを調べるしかなかった。


 日記を調べればよいのだが、調べられては困る内容が書かれていた場合 恐らくその日記は妻によって処分されていると見た方が賢明だと思って書庫に行ってみた。官庁上がりの父が常日頃口癖のように言っていた「書類の保存期間は5年」を過ぎたこともありその年代は、案の定と言おうか既にごっそり消え失せていた。


 目の中に入れても痛くないほど大切に育ててくれたはずの新三郎の書物を父や母が処分するはずがない・・・・。とすれば処分したのは沙織に違いなかったが問い詰める勇気が湧かなかった。


 残すところは会社の自分用に研究室に保存しておいた速記しかなかった。年代ごとに異なる文字表現で書かれている速記の中から妻 沙織の月経周期と胤にまつわる交渉を持った日付を探し出すのに数ヶ月要したがなんとか探し出すことができた。


 沙織の月経周期はおよそ28日サイクルで回っている。問題の月は月経が始まったのが5日で終わったのが8日 (初期値) だとすると受胎可能日は12日から20日までである。


 この間に交渉を持ったのは14日と18日だけであったから奈緒の生年月日とほぼ一致していて、この点だけは自分の胤だと言い含められても言い返すことはできないが、もしもこの間に沙織が外出しほかの男と交渉を持ったら胤を宿すことはできないこともない。


 新三郎はこの期間の中の可能性について調べ始めた。


 土日は会社が休みの場合が多いから新三郎は家にいることが多く沙織も滅多な約束事で外出はできない、したがってこの日ではないことは分かったが、問題は平日の昼間で なにかの用事があって近所ではなくほんのちょっと足を延ばし出かけてはいないかとその記述を調べ始め、それに行き当った。


 最初の交渉日が日曜の夜、次の交渉が水曜の夜 木曜と金曜は両親と一緒に買い物に出かけているから自由になれた日と言えば月曜と火曜だ。


 結婚以来妻に申し訳ないと思いながらも若いころよりどちらかと言えば性に淡白だった自分をこの時だけはなぜか沙織の方から執拗に誘って交渉を持とうとしてくれていて、当時はそれが愛のなせる業ではないかと思ったりもしたが、果たして子が産まれ育っていくにしたがって様子が違ってくる彼らを見るにつけ、それが研究者の本能なのか疑念を持つようになっていった。


疑念


 「えっ、信じられない。あなた本気でそんなこと言ってるんですか?」
遅く帰ってきた新三郎は夕食の片づけが終わった沙織をテーブルに呼んで長い間思い悩んだことについて問うてみた。
考えていた通りの反応が沙織の口を突いて出た。


 「本気さ。結婚当初から なぜお前が私の妻になったのか不思議でならなかった。そう思って子供を観察しているうちにどんどん私の遺伝子を引いていると思えない姿かたちになって現れてくる。行動や思考までもだ」


 冷静に話そうとずいぶん考え、その通りに口を開いたつもりだったが顔は強張り手足が緊張で震えているのがわかった。
屋敷は広く、両親の寝室と子供部屋は離れていて声は届かない。それでも極力トーンを押さえて話したつもりだったが・・・。


 「このごろのあなたって、寝付けないのか夜半寝汗をかきながらうなされていて・・・様子がおかしいと思っていたら、まさか自分の子供の父親が誰なのか疑ってかかっていたなんて!」
沙織もまたテーブルの端を掴んでうつむいて表情を読まれないようにしてはいるが顔面蒼白だった。
「根も葉もないでっち上げだとでもいうのか?」


 「来る日も来る日も一生懸命この家のために尽くしてきたわたしに向かって、まさかあなたが・・・」
沙織は言葉を失った。
「お前のことを大切だと思えばこそこれまで何もせず黙って見過ごしてきたんだ。失いたくなかったから・・・。陰になり日向になり尽くしてくれたお前が不貞を働いているなどと思いたくもなかった。そう思って何度も実行を躊躇ったが日ごとにお前には似ていても私にはちっとも似たところのない子供たちを見るにつけ研究者の身である私の内なる心が調べずにはおれなんだ。いろんな本を読んだ。その中に書かれていたことをひとつひとつあてはめてもみた。体毛にして然り、薄毛の私に体毛のやたら濃い子供ばかりというのも変だし、背丈だってそうだ。頭部の形状だって全く違う。それらを総合すると私の胤ではないという結論に研究室というものは達するんだ」


 生みの親より育ての親などときれいごとを言うつもりはないと沙織に向かって言い切った。
「なんて陰湿な方なんでしょう。自分の子供を密かに鑑定にかけようとねめまわしていたなんて」
沙織は視線を落として反論した。


 夫に言われるまでもなく沙織には独身時代親しく付き合っていた男たちがいた。
恵まれた環境で育ってきた新三郎にはわからないかもしれないが沙織にとって彼らは守護人だった。


 その守護人との関係を絶ってまで北里家に、なぜ嫁いで来たかと問われれば、それは食い扶持と住まいを求めてであった。
新三郎への愛からではない。


 だから物事に行き詰まると必然的に昔の仲間に頼ることになる。
その代償に仲間から求められれば、出来る範囲でこれに応じようと努力した。
沙織は新三郎と違い、それほど学はない。遺伝子云々など論外で安全日の行為ならと許してやっていたが、そこを夫につつかれたのだ。


 家族全員が入り終えた風呂は沙織が翌朝掃除するのが常だった。
ところがある期間、排水口を掃除していて排水溝が既に誰かの手によって掃除されていることに気が付いていた。
新婚時代、自分が入浴を終えた頃を見計らって夫がこっそり浴室に忍び込んで何かを探していることは知っていた。


 恐らくそれは執拗に手を伸ばしたがる陰部の毛を探し、或いは脱いだ下着を・・・と。
同じことを娘が浴室から出た直後に誰かがこっそり忍び込んだ痕跡があることも知っていた。義理の父とばかり思っていたがまさか・・・。 沙織は絶句した。


 「もしこれが真実だとしたら、お前の腹に胤を仕込んだやつは その子供を自分の子供として懸命に育てる私の姿を物陰から見て嘲笑してるんだ。妻が生んだというだけで手放しで喜んで認知までさせて」
「なぜなの? なぜ今頃になって子供たちをそんな目で見るの? あの子たちが何か悪い事でもしたっていうの?」
沙織の瞳は深い翳りにつつまれ始めていた。


 「結婚以来これまでに一度たりとも間違いはなかったと断言できるのか?」
「断言も何も・・・わたしはそんなふしだらな女じゃありません」
物言いは静だが、やり場のない憤りが翳りに含まれていた。


 新三郎は初めて沙織とまぐわった時のことを想い出した。
何故か新三郎だけが緊張しきっていて沙織のアソコを、本当に自分ひとりのものになってくれたのか確かめたくてむしゃぶりつきはしたが、己の下半身は極力妻の目に触れないよう遠間に置き、妻を舐めたり吸ったりで誤魔化したのは勃たなかったからだ。


 そんな新三郎のアソコを沙織は窮屈な体勢であるにもかかわらず手を伸ばして愛おしむかのように摘まみ上げ掌で優しく擦り上げ、半勃起させ導き入れてくれた。
目もくらむような美しい壺に夢に見た挿し込みが叶えたうれしさで新三郎は妻沙織を夢中で組み敷く恰好を採っていた。
下になりながらも入り口付近で立ち往生したものを妻沙織は何処で覚えた来たのか腰を使って嬲り、ついには中に放出させてくれたのだ。


 その瞬間の美しい妻を征服した時の飛び上がらんばかりの喜びを何に例えよう。
この日を境に新三郎は妻の沙織に夢中になった。
家族の目を盗んで尻を追いかけた。


 誰も来ない場所に追い込んでは、例えば立ったままの沙織のアソコを見上げるように顔を埋め舐め上げたのは二度や三度ではない。


 「そこまで言い切れれるなら正面切ってお前たちの体毛を鑑定に回しても別段問題はないだろう。あの娘だって父親から疑いの目を向けられながら一生暮らさせるよりましだと思うがな」
「あなたが育てた証拠に、仕草なんかうりふたつでしょう?そうまでして父親を慕ってるあの子たちがかわいそうだとは思わないんですか?」
「仕草なんてものは育つにしたがってなんとでもなる。肝心な部分は血の繋がりだ。そんな簡単なこともわからんのか」


 妻沙織は自分とまぐわうほんの少し前まで、想いを寄せていた男と最後の契りを結んでいたんだろう。
花嫁衣装に身を包んで結婚式場から抜け出した花嫁が、想いを寄せていた男の胤をもらい受けるための契りを男を誘惑しつつ交わす。「待たせてごめんね。今日はナマで大丈夫なの・・・」と嘘までついて
正にそれが行われ、それをヒタ隠そうと帰るや否や夫を閨に誘い込んだ。


 だから準備もなしに私のことを迎え入れが出来たし、男に散々嬲られた発情もあの瞬間になってもまだ治まっていなかったんだ!
妄想とはいえ新三郎は憤怒で今にも爆発しそうになっていた。


 北里家の家訓に染まりかね、沙織は時に独りでふらりと出かけ、その男に慰めてもらって家路についていた。
相手の男も妻子ある身ならばこそ、久しぶりの逢瀬は逢えなかった間に何があったか探り合って、確かめ合って、そして幾度も激しく求めあうことが常だった。すべての煩悩を消してもらって初めて家路につくんだという気になった。
そうすることで厳格な家庭を鬱にならず切り盛りできたのである。


 沙織の中でそれは北里家のために「我慢してこんなことまでやってあげてるんだ」という意味合いが強かった。
それ故夫の追求は我慢できないものがあった。


 「何事もなかったかのような生活を繰り返していながら、あなたが心の底でそんなことを考えていたなんて、悲しすぎます」
「だから正直に答えてくれたらいいんだ。あの子たちはいったい誰の子なんだ?」
「決まってるじゃありませんか」


 沙織の言葉に険があった。
「奈緒を孕んだと思われる頃にお前はひとりで出かけている。帰ってきたのも遅かったと聞いた。計算からすると受胎は紛れもなくあの日あたりだ。子供の様子からすればその両日に誰かと交渉を持たなければ・・・」
「やめて! そんな嫌らしい想像は」
沙織の表情に険しいものがあったが、それに反して顔面は蒼白だった。


 「結婚していたからと言って必ずしも間違いを起こさないまま人生を全うできる人間はいないと思う。そんな格式ばったことを言ってるんじゃない」
「いいえ、そんな目で見られたということ。それこそが侮辱です」
新三郎は何も言い返せなくなっていた。


 目の前に愛してやまない妻 沙織の涙ぐむ姿がある。
平穏無事な生活を送っていたものに向かってこれほど侮蔑に満ちた言葉を放ってただで済むものとは思っていない。
それでもあの日、寸暇を惜しんで男と出会いセックスを楽しんだ妻がいて、しかもそれがもとで孕んでしまい、結果夫に知らせずして密かに夫の子供として育てさせるという罪悪・身勝手さだけはどうにも許せなかった。


 「それでどうしろとおっしゃるんですか? 子供を連れて出て行けとでも?」
「今直ちにそうしろとは言っていない。育てるに納得のいくように協力してほしいと言ってるだけだ」
「どんなことをすれば協力になるんですか?」


 寝取られというものをやるとED持ちでも勃起するという話を聞いたことがある。
妻沙織を自身の漲るもので取り換えしたかった。
だが厳格な家系で育てられた新三郎には軽々しくそのようなことを妻の前で口にできないでいた。


 「さる機関にDNA鑑定を依頼しようと思う。それなら文句は無い筈だ」
「なにもそこまでしなくても。生まれたときもそうであったように血液検査は毎年のようにやっているではありませんか?それでも不満だと・・・」
「DNA鑑定では4兆7,000億分の1の確率で間違いが起こるという。そこまで辿れば否定材料 すなわち親子ではないという証拠が法的にもつかめる」


 証拠を突き付けてやれば、それ以降どんな要求でも素直に応じるかもしれないと新三郎は思った。
現場検証でも犯行時の再現というものをヤル。
それを妻沙織に強いてみようと思った。その瞬間わずかだが股間にあの感触を覚えた。


 「もしそこで親子じゃないという結果が出たら、あなたはどうなさるんですか?」
「それは結果を見てから決めることだ」
「結果によっては父親と認めるんですね?」


 こうなると沙織だって負けていなかった。
夫が寝取られの貸し出しをたくらむなら、自分だって大手を振ってとまではいかないが、時々は逢瀬を楽しんでも文句を言われる筋合いはない。
独身時代聞きかじった夫婦の妙とは、ひょっとするとこんな風にしてレスを解消してるんじゃなかろうかとも思った。


 相手さえ好みの男なら、夫の目の前で抱かれてやっても、それはそれで楽しめるんじゃないかと心の中でほくそ笑んだ。
何より覗き見させることであの中折れの夫が見事甦るのか、そのことも興味が湧いた。


 「関係を結んだ男のDNA鑑定の結果も合わせて検討し、間違いなく私の子だとわかればだ」
「それは自白の強要じゃありませんか。先ほどから何度違うと言ったか・・・ 信じようとしないからです」
「それなら逆の立場だった場合、信じたというのか? えっ、どうなんだ?」


 事実が判明すれば妻の前で回復した漲りを使い他人の妻を犯すこともできる。


 「そこまで言われるならお好きなようにどうぞ」
沙織は毅然とした態度で部屋を出て行った。決して間違いなど犯す安っぽい女ではないという態度がそこに現れていた。新三郎の頭に一瞬後悔の念がよぎった。 が、ここで動じては真相は闇の中ではないかと思うと再び憤怒の虜にもなった。


 翌日、遅くに帰宅した新三郎は両親の部屋に呼ばれ、こう告げられた。
「今朝、新三郎さんが出勤された直後に沙織さんは子供ふたりを連れて家を出られましたよ」
心淋しい声の中にも、どこか他人事のように聞こえた。


 沙織が家を出たことは知っていた。
あたりがほの白く染まるような暁闇の中、沙織は徹夜で調べものに時を費やしていた書斎の新三郎に向かってこの家を出る旨告げてきた。
新三郎は机に向かって沙織に背を向けたままそれを聞いたが何も応えなかった。


 「当分実家に帰って考えてみるそうだ」
「そうでしたか、ご迷惑をおかけしました」
「私達にとってはかわいい孫で喜んどったところだが、それではいかんかったかのう・・・」


 なんの相談もなく夫婦で勝手に決めたことに対する不満の気持ちがそこに込められていたが、自分を育ててくれながら どこか世間体を気にしてばかりいた育ての親。 そのやり方がここに至っても変わらないことを言葉の端々からも感じ取れ一層落胆した。
「いまここでご説明するわけにはいかない。仔細あってのことで、解決には時間がかかると思います」
「そうか・・・ 裁判でも起こすつもりか? くれぐれも体面をな」


 「新三郎さん、あなたにとって妙な考えを起こすと仕事にも影響が出ますよ。それでもおやりになるんですか?」
「よしなさい、妙な勘繰りをするもんじゃない」
話はこの一言で終わった。新三郎は軽く頭を下げると両親の部屋を出て行った。 その後ろ姿を見送る義父の口から深いため息が漏れるのを鬱々たる気持ちで聞いた。


 老い先短い両親は生涯を通じて家名を守るべく全力を傾けなければならない運命にあったといえよう。
そのためなら非道にもなれたのだろう。
息子を養子縁組する段になり、打つべき手はすべて打って素性を調べさせ迎え入れたはずの息子だったが 成人してみて初めて次代を担う子宝に恵まれないかもしれないという危惧を覚えた。


 口にこそしなかったが厳格さが祟り、性は汚いものであり避けて通ろうとする姿が垣間見え慌てた。
それならばと、誰がみても惚れるような美女を探し出し嫁になるよう手を回した。
ただし、先に息子で失態を演じた手前相手の素性は調べないことにしてコトを進めた。


 養子に迎えた息子の嫁がまさかの育て上げた息子と氏素性が良く似た、育児放棄の子であることを知った時には既に婚約が成ってからだった。


 腹を痛めた我が子を持ったことのない夫婦がどんなに頑張ってみたところで子供に意思は伝わらない。ましてやもともと他人の子となれば どこか仰々しい態度に出たり疎遠だったりと 人との意思疎通にかけた子供を育ててしまった感があった。
そしてそれ以前に、肝心な成長期に杓子定規にものを図ったような態度で育てたことにより女の気持ちというものをはかり知る機会を失ったまま大人になり、他から手を廻しでもしない限り結婚には結びつかないと思われついつい手を出してしまいこのような結果を生んでしまっていた。


 「一度こうと決めたら筋を曲げない子ですから」
「そうかもしれんな・・・」
老父は傍らの老婆に頷いた。


 その性格ゆえに塾にも通うことなく独学で進級を重ね東大にも合格し、今の職にも就けた。
だが性格は暗かった。
その暗さをこの老夫婦は、東大まで出たエリートならおおよそ察しはつき調べ上げたうえで実の子ではないと知ったうえで今の境遇に何も言わず従ってくれているのではないかと暗黙の中にも考えていた。


 新三郎はうっすらとした記憶の中に粉雪の舞う深夜、病院の玄関先にじっと立っているよう命ぜられ、両親と思える人影が自分と何か大きな包みを脇に置いたまま立ち去ったと、この歳になってもそれだけは覚えている。寒さと恐ろしさに泣き続け、明け方になって巡回してきた警備員に発見されて病院で保護されたような光景が過っては消え過っては消え それが病的にまでなっていた。
病院の、薬臭い一角の部屋をあてがわれ自由に外出することも出来ない中での生活でその性格は陰湿で暗いものに変わっていった。
社会人になり、上司や同僚と話す機会が増えるにしたがって暗い気質は影をひそめたように思え、突然今になって戻ってしまった。 あの日、早い冬の訪れを秋の日差しの中に見た気がした。


 「暗い冬を未だ脱し切れていなかったとは・・・」
自分を捨てた両親を慕ってやまない、そのための布石として些細なことでも聞き漏らすまいとする気質は未だ深いため息の中にあった。


別離



 沙織が健太と奈緒を連れて戻ってきたのは新学期が始まる直前だった。
新年度の配置転換早々の出勤で周囲の手前出過ぎた真似と言おうか当てつけのような残業もならじと定時で上がって帰ってくると、連日まるでお通夜のようだった家がウソのように活気に満ちていた。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」


 沙織が玄関で出迎え、子供たちは奥の 恐らく両親の部屋からであろう元気よく飛び出してきた。
新三郎は沙織には手も触れずふたりの子供のを両腕で抱くとそのまま書斎へと向かった。仕方なさそうに沙織が後をついてきた。
「子供の将来を考えて帰ってきました。あれからいろいろ考えてみたんですが、わたしが止めても調べるのを止めようとしないんでしょうからお好きなようになさってください」


 シンとした物言いだった。
子供たちはともかく、沙織のいなくなった家はどこか陰気くさかった。
その当人がいま、薄化粧し目の前に立っている。


 性に興味がないようなふりをしていたものの妻にだけは抑圧した想いがあった。
嫁いできて間もない頃もそうだが、普段でもひとりで出かける際など誰かとまた逢瀬かと疑うと、それだけで寝取られを妄想し脳乱してしまう。
それが今回の騒動で心ならずも背徳行為を行った風な言い回しをして追い出してしまった。


 ことの発端となった相手の元へまさか身を寄せでもしなかったろうかと妬けて仕方がなかった。
煩悩に打ち震える妻をあの男は再び組み敷いてることだろうと思うと心穏やかでいられなかったのだ。


 その妻が今何事もなかったかのような顔をして目の前にいる。


 ほんのわずかの間離れただけだったが沙織の放つ濃密な色気に惹き寄せられるように新三郎の視線は豊かすぎる乳房を射止めた。
着やせをするたちで、ベッドに誘って目にした乳房も下腹部も豊かすぎるほど豊満だった。
いつの間に床を別にし始めたのか記憶をたどらなければ思い出せないほどだったが、わずかの間離れて暮らし 初めて湧き上がる飢えを覚えた。


 その飢えには沙織が我が家から離れている間中ほかの男に組み敷かれ、身体を開いて受け入れ狂喜しのけぞり悶え苦しむ姿が浮かび、そのことが頭の片隅に焼き付いて離れない。
「そうか・・・  納得してくれたか」
一旦云い出したら後に引かない夫である。


 拒んでもいつか必ず調べると言い出すし、結果次第によっては裁判沙汰にもなりえる。
そのあと円満解決するにせよ、或いは離婚となるにせよ、まずもって世間の物笑いになる。
それなら多少の分別がある自身が内密に検査という密約を取り付け、取り決め通りの方法をとらせた方が得策だと沙織は考えた。


 初めての子を産むときも次の子を産む時も、両親が指定した病院の院長はなにかと理由をつけクスコでソコを開き中の様子を診て楽しんでくれたものだ。
人も羨む美女のアソコを開くだけ開き、不必要な場所まで刺激し、感触に打ち震える姿を観て楽しんでくれた。


 あのような屈辱を再び受けるようなら調べは拒否しようと決めていた。


 よしんばかたくなな考えであろうが胤のない男が他人の胤の子供を育てることを拒否するため裁判に持ち込まれたとしても彼なら職業上不利になるような態度には出まいと踏んだ。
夫である新三郎が他人の子と知らずに育て続けた屈辱に比べればこんな結果を招いてしまった以上調査という申し出は仕方のないことだと諦めもした。


 新三郎にしても沙織側から同意を取り付けたといっても一度は拒んで家を出ている。
生まれた子供に関して絶対揺らがない信念があるからこそできた所業だと思うだけに自信がぐらついた。
----そんなはずはない。かつて研究チームにいてこれはと思った題材の芯を外したことは一度たりとてない。


 新三郎は自身に言い聞かせた。
思いつく限りの参考書をひも解いて調べ上げたつもりだった。
DNA鑑定のみならず血液のABO型、Rh型にMN型、それらすべてを考慮に入れた答えが自分の胤ではないという結論を導き出している。


 ふたりの子供の父権が否定されたら沙織はどうするつもりだろうかと思った。
不貞を理由にすれば即座に離婚が認められるだろう。その時になって沙織は貞節の陰に隠れて不倫を繰り返した、その男の名前をどんな気持ちで打ち明けるだろう。
新三郎は黙って沙織を見つめた。


 沙織は一礼して踵を返した。
その沙織の肩を掴んで引き戻し無言のまま床に押し付けた。
沙織はあらがわなかった。


 瞳を閉じて横たわった。
新三郎は部屋に鍵を掛けた。


 子供たちや両親は内鍵を掛けたことを不振がるかもしれないが、そのことへの配慮より脳内を駆け巡る沙織を凌辱しておいてあざ笑う男達への嫉妬に対する昂りのほうが勝った。
着物の裾を捲ると男達が弄り尽くしたと思われる白い下半身が現れた。
この段になっても両腿をぴっちりと閉じて、見た目にも夫の侵入を拒み続けている妻 沙織。


 勝手に出ていった先で男を味わってたくせに生意気な!


 怒りと嫉妬がないまぜになり、それが頂点に達した。
軽く手をかけて、やさしく手をかけて引き下ろすつもりでいたパンティーを、繁みに指先が届き生暖かさを感じた瞬間耐えきれなくなって引き裂いていた。
帰る直前まで男のことを想っていたか、それとも男に抱かれてきてたのかと、女性の躰を未だ理解できないでいる新三郎は一方であざけりもう一方で愛おしく思った。
凌辱で始まった仮面の夫婦のまぐわいなのにそれでも沙織は逃れるような動きはしなかったのだ。


 白く透き通るような下半身の奥のソレをひた隠しに隠そうとするかのような姿勢で横たわる妻の、太腿の付け根にごく自然な繁みがあった。
人妻を寝取る輩の手練手管を本で学んだ際に、このような女にはそれ相応の前戯をとあったが、かつてそのようなことを妻に行った記憶すらない新三郎である。
その、真心を込めてクンニを施し開くように仕向けてくださいというような妻の下半身を夫は遮二無二割って覆いかぶさった。


 もとより前戯も何もなかったし期待したこともなかった夫との夫婦性活に今回も沙織はあきらめに似た感情を押し殺し素直に従った。
夫婦のまぐわいが始まると沙織は、決まって独身時代とろけさせてくれた男たちの性技を想い出し妄想の中で準備を整えてきた。
今回も帰り着いて義父母を見た瞬間から「ああ・・・この人たちも不自由なら夫はなおのこと不自由だったんだ」と思った。


 もしこの場を収めることが出来るとしたら、それは依然と変わらぬ妻になりきること。
女が欲しくて飢えている夫を迎え入れ、溜まった濁流をヌイてあげることぐらいである。
夫が帰る時間に合わせ、後に起こるであろうコトのために心の中で自慰に耽った。夫のためにと思ってやったことが裏目に出た。


 他の男たちがこの場所へ向かって注ぎ込む情熱に沙織はもだえ苦しんだかと思うと復讐の念に黒い炎が渦巻いたのだ。
自分の時とは違って沙織は自ら進んで美しい足を開き男を迎え入れた。その今組み敷いている個体とは違った妖しい肢体が男の身体に絡みつき露わな声を張り上げる様子が目の前の暗闇に映し出されたような気がした。


 強引に侵入した新三郎はあっという間に自分だけ果てた。
沙織の中に放った瞬間、欲望は果てたが目の前の情事のあとの妻の下半身を見て益々疑念は強まった。
しかし逆に検査結果が悪い方に出た場合、沙織と離婚することになるが、元はと言えば男として自分がふがいないからであって不貞を働いたからと言って果たしてこの美しく魅惑的な妻と別れる決心がつくかと一抹の不安をも覚えた。


 欲を言えば妻だけ残し、子供の父権は胤を仕込んだ男に子供を添え送りつけてやりたかった。
だがそれは法的にもできるわけはなかった。
母親はどうしても親権を持つことになる。そうすれば沙織は胤を仕込んだ男の元へ子供等とともに送り出してしまうことになる。


 検査の結果が自分の胤であってくれたらという気持ちが脳裏をかすめた。
そうすれば疑心暗鬼の日々は消え、元の穏やかな家族に戻れるし例え育ての親であっても父母も喜ぶと思われた。
だが、そうでないことは調べるまでもなく明白の事実ということもわかっていた。


 旧正月が空けると新三郎は研究機関に夫婦と子供たちの鑑定を依頼した。
「こうまでなさる確固たる理由はおありですか?」
新三郎はこの問いに自分が探り当てた研究結果と妻の行動記録を添えて説明した。


 「おっしゃりたいことはわかりました。しかしながらあなた様も高名な研究員、とすれば結果は調べずとも明白なはずで、我々の結果を待たれるもの良いですが無駄に時間を費やされるより探偵を雇われてそのあたりを調査されることをお勧めしますよ」
「探偵をですか?」
「そのとおりです。精子は膣内で3日は生存しますから、あなた様の日記に記された奥方様の妊娠可能周期から計算した日に誰か他の男と接触を持たれたか調べ、その男のDNA鑑定を依頼なさるともっと効率よく回答を差し上げることができます」


 なるほどと思った。
神聖な研究機関の職員なればこそ、主に不倫や浮気調査が主な仕事の探偵屋を雇うという思い付きはこの場合門外ではなかったはずだ。
「どこかにお知り合いでも・・・」
頭を下げて紹介を受け、研究所を出る段になってどっと疲れが出た。


 何故こんな屈辱的なことのために走り回らなければならないのかと思った時、わけのわからぬ子を孕んだ沙織が無性に腹立たしかった。


 夫婦とは実に陳腐なものである。


 その夜は久しぶりに親子そろって料亭で外食をした。夫は他人棒に抱かれる妻に、妻は執着する男に身も心も奪われていることを押し隠して。
沙織の表情は明るかった。
目の前のはしゃぐ我が子を見守る両親の眼には その胤を父が疑ってかかっているんだという罪悪感というようなものが一切窺われなかった。


 妻である沙織はどこか他の男と逢瀬し孕んだとすればこのように明るくふるまえないはずだがその立ち振る舞いに翳りは見えない、それを書斎で契った一夜のことで帳消しと考えてはいまいかと疑ってもみ、もしそうであるならばなおさらのこと自分で女の快感というやつを開かせるんだ!このまま手放すには惜しいとさえ思った。
「あなたお酒の追加はどうなさいます?」
ぼんやりと子供たちを見やっている脇で沙織がくったくなく問いかけてきた。


 「ああ、もらおうか」
もしかしたら早まったかもしれないという懺悔で胸がいっぱいになったが、次の瞬間目の前を横切った妻の豊かな尻の線に打ち消された。
妻がどこかに出かける風に見える日など、妻の腰は何時もと違って今のようにどこか艶めいた動きをする。


 何かの本で読んだ、女が発情期になると躰の線や動作まで変わってくると。
今の妻 沙織がまさにそれだった。
孕む危険性が無い時分のまぐわいであっても、それが自分を守ってくれる男であるならせめても遺伝子を残そうと蠢かす。妻を見るにつけそのように思えてならなかった。


 あの嫋やかな尻をほかの男が鷲掴みにしながら組み敷いて妻を頂上まで昇りつめさせ孕むことさえ許すまでイカせ、濁流を注いで!!と懇願するまで寝取ってしまわれている現実に、反省などどこへやら再び恨みつらみがふつふつと燃え上がりはじめていた。


明美は学生くんのチンポを見た瞬間からしたいと思ってことさら卑猥にふるまった

 人の口に戸は立てられない。
学生は長時間にわたって明美の手ほどきを受け童貞を卒業させてもらうと、明美に対しても逝かせることが出来たことから同等か、下手をすれば下目線とまで征服心が芽生えすっかり男らしさを増し意気揚々と帰っていった。


 独身者の、しかも10代の男の子にとって明美の家で何が行われたかを妻帯者ならともかく隠し立てする必要などない。



シゲチャンオススメ 老健ナース シゲチャンから「イイね!」をいただきました。
 付合ってた彼女にまず童貞を失ったことを、その素振りから見破られ、次いでその相手が誰であったかを詰問され、先に浮気したのが彼女だったことからつい、「お前よりずっとず~っと素晴らしい人だよあの人は」 と迂闊にも明美に奪ってもらったことを自慢げに話したものである。


 10代の女のことは大人の世界に長けていることも自慢のひとつで、仲間にボーイフレンドに裏切られたことを、いかにも自分に非はないような口ぶりで告った。


 一度は嫁いだ女が10代の女の子のキープの童貞を卒業させてしまったなどと聞かされた仲間は、その身勝手さにそれこそ清らかな水辺で蝮に出会ったかの如く蛇蝎の扱いを明美にし始めた。


 壁に向かって落書きや窓ガラスに向かってモノを投げガラスを割るなどの悪戯までやらかし始めた。
補導されない限りこういった行動を止めようとしない性質を読み抜いての焚き付けだったのだ。


 明美の家で行われた学生相手の淫交をも、それなりの場所、つまりライバルである主婦連に向かって言いふらし始めたのである。
噂を聞き付け然るべきところに呼び出された童貞卒業クンは明美との淫交に関し 「そんなことあるわけないじゃん!!」 と、あくまでも突っぱねた。


 何のことはない、自分たちの縄張りに勝手に入り込んで男を漁るなという口にはしないが一種の脅しだったのだ。
明美のような存在は、近々結婚に向かって走らなければならない彼女たちにとって婚約者ネトラレの脅威に繋がりかねない。
バツイチのおばはんは使い古しのおっさん連中のチンポにお願いしマンコを使ってもらってりゃいいんだよとの警告を受けたのだ。


 明美にお世話になりっぱなしの教育委員も大事なマンコに何かあってはと火消しに躍起になってくれたお陰で、程なくして鎮静化したが・・・。


 明美は今まさに刑事の野太い腕で組み敷かれようとしてもがいていた。
「どうせ聞くまでもないことだろうが・・・。お前の担当区域のオンナが・・・。わかっとろうな!!」 それはもう恫喝に近かった。
同じ職場内でもW不倫どころか、恋する女が、欲してやまない剛毛グロマンが - じどうふくしほういはん - に処されるかもしれないからだ。


 怒りで顔を真っ赤にした刑事が乗り込んできて、町内会の男どものためにと罵詈雑言を浴びせながらいきなり明美を押し倒し強引に割入ろうとしたのである。
「何するのよ!」
「黙れ!おまえってやつは・・・」


 あとはもう無茶苦茶だった。


 のしかかった男の身体を振りほどこうに丸太ん棒の如く鍛え抜かれた真っ黒に日焼けした腕でガッチリ押さえ込まれ身動きできない。


「やめてよ! 人を呼ぶ・・・」


 云い終らないうちに唇を重ねられ、あとは声にならなかった。
刑事のただならぬ様子は、その仕草からも見て取れたし、なんで折檻まがいの行為をされているのかも容易に理解できた。


 まるでアイドルの楽屋に押し入ってマンコを魅せつけ誘惑し、深い関係になってしまってそれがバレ、追っかけの女の子らから罵声を浴びせかけられているような気持だったのだ。


 明美に興奮し切ったのもを挿し込みながらも、身体中を舐め回すようにしらみつぶしに目で追って己以外の男に本気で心まで逝かされはしなかったかを、将来この女が俺のと想ってくれている刑事は確かめざるを得なかった。


 その挿し込みが愛の表現ではなく犯罪を犯した者へ暴露させるため行われていると明美は感じた。凶器には違いないが使い古したチンポと自分が開発してやった童貞君のソレとでは愛おしさに差が出た。


 ほんのわずかでも先ほどまでの学生クンとの秘密の情交の、何か痕跡でも見つかれば、その場で怒張に物を言わせ叱責するつもりだったんだろう。 が、学生クンとのヒトトキを明美は心の奥深く仕舞った。


 深く挿し込んだモノを使って中を抉るだけえぐると引き抜いて、棹に何か付着していないかと確かめるほど刑事は神経質でありながら惚れた弱みで疑心暗鬼にもなっていた。


 人妻の不倫によくあるように、明美もどんなに調べられてもバレない自信はあった。


 一晩中かかって籠絡した学生くんを、その限りなき濁流を明美は全てマンコではなく口で処理し、遺伝的要素にでもなってくれればと願いを込め飲み干していたからだった。


 まだ誰も汚したことのない若い男を迎え入れ、肉胴から発せられるエキスだけマンコで吸い取る。


 興味を抱き性器同士を結び娶わせるが究極の一線は越えないようギュンギュンしてきたら振り払う。内緒で交わう初恋の味にも似た甘い感触が脳裏をよぎって燃えに燃えた。


 熟し切った女性のワレメを見たくてたまらない学生くんは、飽くことなく明美の秘部に顔を埋めシルをすすり、中を覗いて興奮し、いきり立たせてくれた。


 目で明美のワレメを確かめさせ、臭いを嗅がせ、いきり立たせたチンポを唇と舌で亀頭ごと弄って充血・暴発させては・・・初露を飲み干すにはこの方法がと、明美は自分なりに考え新たな勃起を促すため顔面を繰り返し跨いでいた。


 最初に学生くんのチンポを拝んだ時、気になったのが剥けていないことだった。


 未だオンナを知らないことへの証であることは確かだが、剥いてやらないことには亀頭冠を襞を使って弄る、つまり童貞を卒業させてヤルことはできない。


 出来ることなら自分の手で剥いてやろうと思った。


 間違ってその途中で発射したにしても、若いからすぐに復活してくれるだろうとも考えた。


 だから幾度も手コキや素股、口淫で発射させてしまったが、飽くことなく顔面にマンコを与え勃たせ続けた。


 そうしているうちに、あれほど冠っていた皮は剥け、立派な亀頭冠が出来上がった。
他のオンナが、たとえ一滴であってもワレメのシルを塗り付けていない剥けたばかりの新品のチンポである。


 血色よく湯気が立っていて、それもこれも、明美がワレメを見せつけ、強引にいきり立たせたものを口で嬲りながら懸命に剥いていったからだとひとり悦に入った。


 皮冠りを剥くその間、痛みが伴わないようワレメを与えたことで気を逸らさせ、逆に喜悦を与え幾度となく明美の咥内に元気よく発射してくれた。


 若返りの薬と思って明美は、それを 尿道を唇で扱くようにして射出されたモノは全て啜り呑み込んだ。


 通路に残液が残っては無駄になると、右手の親指をつかって棹の裏を根元からやさしくなぞり上げ先端から吐き出させもした。


 乳房を使って腹部に何度も圧を加え、射出後の復活を促してやると、若いだけにすぐにピンッとなって、これも明美を喜ばせた。


 幾度も繰り返すうちに学生さんの射精タイミングを、明美は肌や握った手の感触で感じられるようになった。
「この感覚さえ分かれば・・・」 


 正直最初見たときから学生時代の、あの頃に帰って初体験の男と女になっていたしたいと思った。


 何度もワレメを学生に与えるうちに我慢できなくなっていったのは、どちらかと言えば明美の方だった。


 意識しないのに学生くんの顔面めがけ恥骨をしゃくりあげてしまうようになって外連味のない胤を植え付けてもらいたく心がもがいていた。


 乳房を学生くんの胸に預けるのも我慢できないゆえのウソ隠しだった。
「もう夜が明ける・・・」


 明美は非常な決意をした。 このまま別れたくなかった。 出て行ってしまわれては火のついた身体の、処理のしようもない。


 明美は自ら横になり、股を精一杯広げ、指でワレメを開いて学生に見せつけ、足首を学生の腰に回して引いてやった。
「あっ、・・・いいの?」
「うん、大丈夫。入れたかったでしょ?ただし、内緒よ」


 おずおずと学生くんは明美の股間に、満々とした怒張を掴んで・・・だが、その先どうしていいのか戸惑っていた。


 明美は身体を半分起こし、手を伸ばすと先端を摘まみ潤みきって完全に開いてしまった蜜壺に亀頭冠をあてがってやった。
そうしておいて学生くんの太腿に足首を絡ませ腰を引き寄せるようにしながら挿し込みを促した。


 学生くんの身体が明美の腹部に倒れ込んだ瞬間、深々と挿し込まれていた。
期待と期待が、待ち焦がれていた者同士がぶつかり合って火花が散ったかに思われた。


 感動のあまり、明美は学生くんの身体を強く抱きしめ、足をしっかり彼の腰に絡みつかせていた。
あとは学生くんの腰の動きを上手に教えてやるだけだった。


 パンパンと明美の股間を目掛け学生くんのその部分がリズミカルに打ち付けられる。
「あん、あん、あああ・・・すごく上手よ・・」
「はっ、はっ、むん」


 明美が見込んだとおり、皮が剥けた学生くんのチンポは逞しく、幾度も奥の部分を突いてくれ、久しぶりに連続して空を飛ぶことができた。
初恋の彼と秘密の苑で隠れるようにして情を交わす。
そんな、処女を憧れの上級生の男の子に奪ってもらい失ったかのような甘い気持ちに浸れた。


 すっかり抜き終った学生くんは、明美の身体に満足すると礼を言って明けやらぬ街の中に消えて行った。
明美は満足し切った疲れから、その格好で ついウトウトしてしまっていた。


 どれぐらい刻が過ぎただろう。
なにかが前をよぎったような気がして目を開けると、そこに刑事が仁王立ちし明美の情事を終えたばかりというような裸身を見下ろしていた。


 肩を掴まれ、引き起こされたかと思うと強く揺さぶられた。
「なんだその格好は!お前はまた・・・」
嫉妬で目が充血し、怒りに体が震えていた。


 「このマンションから暗闇の中、学生が出ていった」
「なんの話ししてん?そんなこと知らないわよ」
「うそをつけ。その格好が何よりの証拠だ」


 「面倒だし暑かったから、服を着けないで寝てただけじゃない」
「部屋に入っただけで生臭いにおいが立ち込めていた!あれが男の臭いじゃないとでもお前は言えるのか?」


 「あなたも刑事でしょ?得意の鼻で調べてみたら?第一そんな時間にこのマンションを要請も受けないで見張るなんて・・・」
「仕事だ!」
「ふ~ん、どうだか。ただ単にわたしのところに潜んでくる男どものことが心配なだけじゃないの?チンポ、溜まってんでしょ?」


 痛いところを突かれた刑事は、押し黙ったまま衣服を脱ぎ捨て明美に覆いかぶさった。