元ヤン介護士の知佳のブログ

当ブログは創作小説及び実話集がメインとなっています。

旦那の前で告ってくれた恥ずべき過去

 「ええ~!? 家…… モデルなんてとんでもない。 小さい頃一度タレント募集でオーディション受けたことはります。 でも全然お呼びじゃなくて…… だからその方面はすっぱり諦めて卒業後は普通にOLしてました」


 自分の過去を告るのが余程恥ずかしかったのか、俯きながら問いかけに応じてくれた。
「ふ~ん、そうなんだ。 ところでさあ、名前なんていうの?」
「あっ 私の名前ですか? 佳純です。 ほら、有村架純と読みは同じですけど私の場合最初に一文字が人偏のケイって書くんです」


 店で使う名前だから本名じゃないだろうとは思いながらも、どこかタレントの有村架純を思わせる顔立ちについ隼人も話しに引き込まれていった。


 「そうかぁ… タレント目指すぐらいだから当然ファンクラブなんてあっただろうねえ。 学生時代に知り合ってたら絶対俺も入ってたな」
「そんなんじゃないですよ。 うん、確かに周囲はうるさかったけど、別に人の目なんて気にしなかったし……」


 今夜の客はふたりっきり、その客が気を悪くしないよう脇に立つ旦那は懸命に話しに割り込まないよう努めてくれていたが
「佳純さんかぁ……。 いい響きだねえ。 ところでさぁ、旦那とどこで知り合ったの?」
ここでようやく当の旦那が話しに加わって馴初めについて語り始めてくれた。
 「ここを始める前、勤めていた同じような店に彼女が会社の帰りによく立ち寄ってくれて、その応対に追われているうちに親しくなって付き合い始めたんです」
「じゃ、あなたはお客さんをナンパしたんだ」
そろそろへべれけ状態になった翔太が突っ込みを入れる。


 「ええ……。 まあ、そういうことになりますか……」
恐らく三十路に至っているであろう旦那と思える男が答えた。 背が高く、何より体格ががっちりし男前で料理の腕もいい。 彼女が彼目的で店に通い詰めたほどだから独身時代はさぞかしモテたことだろう。


 「修業時代はさぞかし苦労されたことでしょうが、それにしてもいいねぇ、きれいな奥さんをもらって夫婦で自分たちの店を持てるなんて。 俺らサラリーマンには憧れだねぇ」
独身の男ふたりやっかみ半分こう述べると
「いやいや、開いたばかりで常連客さんにも恵まれないし……、それに借金だってそのまま。 いろいろ大変ですよ」
旦那は謙遜しながらも実に嬉しそうだった。


 当の彼女はというと、カウンター越しの客から見えないところで旦那が合図でも送ったんだろう。 いつの間にやら彼女は奥に引っ込み店内は三人のみとなった。



 (う~ん、思い出せない。 確かに何処かで見たことのある顔なんだが……)
タクシーの後部座席で隼人は物思いにふけっていた。 翔太のようにずけずけとそのことについて口を差し挟まなかったが、なんとすればアチラの方面に関し未だ不自由な独身貴族。 もやもやとした感情は日増しに膨れ上がっていった。


 隼人は良い意味で言えば常識をわきまえていたが、悪い意味でむっつりスケベ。 その点翔太は天真爛漫で事あるごとにその店に誘ってくれる。 だが、隼人は店に行くたびに思い出せない彼女の陰に悩まされた。


 その日も店を出ての帰り道、帰る方角が違う翔太と別れ、独りタクシーの後部座席であの佳純と名乗った若妻のことを考えていた。


 この場合の隼人、翔太と違って独身だから、アチラの方面が不自由だからきれいな奥さんが気になるわけではない。 それならロハで事が成せるかもしれない社内の同僚や取引先のOLのほうだって同じように気になるはずだ。 どこかで見たことのある顔なのだが、どうしても思い出せない。 そのことが心の奥底に引っかかっていた。


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