元ヤン介護士の知佳のブログ

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官能小説『秘愛館“睡蓮亭”』 第2話 恋歌様作

富士山の頭がちょっとだけ見える 「どうしてなのよ?」
「プライバシーを守るためだよ」
そう言われるとそうかもしれないが、何か大げさな話でもある。また、そうすると
あのサービスの話も本当っぽくなってくるではないか。
「ありがとうございます。お客様は四階の“葵の間“のご宿泊となります。こちらが
キーです。ではごゆっくりどうぞ」
 フロントの青年は用紙と引き換えに古風な青銅製の大きな鍵を差し出した。仲居が
一人現れ、二人の荷物とその鍵を受け取り、先導する。エレベーターに行く途中で成
幸が宏美にささやいた。
「今のフロントの人おかしくない?」
「?どんなふうに?」
「顔が赤いし、動きがぎこちない。それになんとなく眉間に力をいれているんだ」
 そう言われればそうだった。こっそり振り向いてみると、青年の真っ直ぐに向けた
顔は先ほどよりさらに赤くなっている。
「具合でも悪いのかしら」
「違うよ。僕の経験からするとあれは自分のをこすって――オナニーしている時の顔
さ」
 ああ、そうか。言われてみれば、成幸もあたしに咥えられて快感を耐えている時は
あんな顔を――と納得しかけて宏美は我にかえった。とんでもないはしたない事を考
えた自分に真っ赤になり、その分の怒りを込めて成幸の耳を引っ張り上げる。
「アイタタッ!何するんだよ!暴力反対!」
「お黙り!その手には乗らないわよ。またHなこと言ってお母さんを挑発しようとし
ているんでしょう!第一、あの人の手がフロントの上に出ていたのはあなただって見
えたでしょうに!」
 成幸がここにくる間も助手席で何かと卑猥なことを言って宏美を挑発していたのは
事実だから、被告人の抗弁など聞いてもらえるはずがない。もっともとんでもない恥
ずかしいことを口走ってしまった宏美は前をいく仲居の存在を思い出して慌てて両手
で口を押さえた。
 幸か不幸か――それとも故意か――何の反応も見せなかった仲居に案内されて二人
は四階の自分達の一室に案内された。「葵の間」はこの料金にしては十分に立派な作
りで、十畳の和室が二間にベランダ、洗面台、トイレ、そして結構広い――大人三人
がゆったり入れそうな浴槽と四畳分の広さの洗い場のある浴室で構成されている。そ
の豪華さには二人は満足したが、宏美は和室の一つにすでに大き目の布団が二つくっ
つけてしかれていることと浴室の洗い場にダブルベットほどの広さのエアマットがお
かれているのを見て、自分の心臓音がきこえるほど驚いた。まるでファッションホテ
ルではないか。母とよくその手を利用している息子も気づいたらしくこちらはにんま
りと笑う。
「では、わたしはこれで。じきに当旅館の女将がご挨拶にまいりますので」
 仲居はそう言って荷物を置くとさっさと帰ってしまった。後にとまどいと期待にゆ
れる母と息子だけが残される。
「へええ。ここからだと庭も一望できるんだ。まあ良い景色だなあ。テニスコートも
ある。あっちに富士山の頭がちょっとだけ見えるな。ほら、お母さんもきてごらん
よ」
なぜか身を固くした宏美よりはるかに余裕のある成幸はベランダに面したガラスか
ら外を見て言った。誘いを拒否する理由がない宏美はしかたなく息子の傍らにたつ。
「あら、本当。結構、静岡からは離れているのにね。それに庭も広いわ。日本風じゃ
ないけれど。うん?あれ、何?」
 宏美のいうとおり庭はかなり広い。基本は芝生で幾つかの小さな建物の間を木と庭
石が点在している。しかし不動産会社を経営する宏美の目から見ると、庭石と木のバ
ランスが悪いのだ。景観を計算して作ったとは思えない。また石は不釣合いなほど大
きいものばかりで、木とあわせるとかなり死角ができるのではなかろうか。
 それに、なぜ庭のあちこちにこの部屋の風呂場にあったマットと同じものが幾つも
おかれているの?
「そりゃあ、直接、芝生の上では草の汁が服に染み付いたりしたじゃない。葉先もち
くちくして痛いし、動きすぎるとすれもして・・」
 自信を持って成幸が説明する。無言で宏美は息子の唇に手をかけてひねり上げた。
嘘をいったからではない。哀れな成幸君は実体験した恥ずかしい本当のことをぺらぺ
らしゃべったせいで折檻を受けたのである。
 その時、ドアチャイムがなった。宏美は嘘はついていない罪人を慌てて解放して入
り口へ向かう。現れたのは上等な和服を着た女性であった。
「宏美様、成幸様、。ようこそ当旅館“睡蓮亭”へいらっしゃいました。わたくしは
女将を勤めさせていただいております菊乃と申します。以後お見しりおきくださいま
すようよろしくお願いいたします」
 女将と名乗る女性は部屋に通されると実に折り目正しい動きで正座し、丁寧に挨拶
をした。つられて宏美と成幸も正座して頭を下げる。しなくても良い緊張をしたせい
で「こちらこそ・・」とつぶやくのがやっとであった。もっとも成幸の場合は緊張と
いうよりこの年上の美女に対して良からぬ感想を持ったからではないかと宏美は瞬間
的に疑った。
「東京からお車ですと大変だったでしょう。ここは高速からも離れておりますし」
 客の狼狽はきれいに無視してにこやかに女将が笑った。女将といえば経営者だが若
い。どう見ても四十になるかならないかにしかみえない。目元が同性の宏美にも艶っ
ぽく見えるが全体としては上品な美人で、とても成幸の言っていたような種類の旅館
の女将とは思えなかった。
「ところで、成幸君は宏美様の弟さんですの?」
 女将がごくごく自然な口調で質問した。宏美は三十二歳にしてもかなり若く見える
ためよく聞く質問だった。よって警戒はせずについ答えてしまった。
「いえ、息子です」
「まあ、そうですの。ではわたしと同じですわね」
 女将は上品に笑った。何が同じかよくわからずに宏美も愛想笑いをする。そのなご
やかな雰囲気のまま、女将はこう続けた。





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